人の気配に、びくりと身を起こした。途端に全身が痛む。

「お、起きた?まだ寝てていいよ。えーと、名前、だっけ」

見知らぬ人間の声。辺りを見回す。刺すような光が目に染みた。声を掛けてきた人間が何やら布を持ちながら近付いてくるのに気付いて、慌てて距離を取る。動いた途端に全身に激痛が走った。

「…っ!」

思わず呻き声を漏らすと、目の前の人物は苦笑して、両手を上に上げた。敵意は無いらしい。

「あーあー。夜通しエルヴィンと戦っちゃあ、そうなるよねえ」

「…だ、れ」

「あれ、覚えてない?まあ気絶してたから無理もないか。私はハンジ、ここで分隊長やってるよ」

分隊長。その役職がどれほどのものかは知らないが、長と付くからにはそこそこ偉いのだろう。刺すような冷たさを感じて、名前は今いる此処がどうやら地下では無いらしいと気付いた。眩い光も、冷たく新鮮な外気も、地下には無いもの。

「ここ、は」

「ん?此処は調査兵団だよ。…ほんとに何も知らないまま連れてこられたんだねえ」

少しずつ状況を思い出してきた。夜通しエルヴィンと戦ったと言ったけれど、それは間違い。勝負は一瞬で、惨敗だった。一発どころかかすり傷さえ負わせられなかった名前はぎり、と唇を噛み締めた。

「あ、逃げようとか思わないでね?死にたくないでしょ?」

にこにこと、何が楽しいのか笑ったままそんな物騒なことを言うハンジにいよいよ自分が惨めになった。もう逃げようなんて発想すら無かった自分に。

「……おれ、は」

「ん?」

一体何が悪かったのだろう、と少し昨日の自分を振り返ってみる。昨日も一昨日もそんなに変わらなかったのに、昨日、一体何がいけなかったから今こんなことになっているというのだろう。

俺が弱かったからか。力がないことは罪か。結局は力がある者に従うしか無いのか。強さがものを言うこの世界では、意思を持つことすら許されていなかったのだろうか?地下、あの閉鎖された空間で、そこそこ自分は強いと思っていたのが馬鹿みたいだった。かすり傷ひとつ付けられなかった。

「くそ…っ」

現在進行形で他人の前で弱味を見せていることすらも名前を惨めにさせた。





「おい、起きたのか」

部屋にリヴァイが入ってきた瞬間、名前の肩は可哀想なくらいにびくりと跳ねて、途端に警戒心が剥き出しになった。まるで毛を逆立てた猫のよう。昨晩に何があったのかを聞き知っているハンジは少し名前に同情した。

「うん、ちょうど今さっき起きたとこ」

「…風呂はまだか。間違ってもその汚ぇ格好のまま俺に近付けさせんじゃねえぞ。蚤でも持ち込まれたらたまらん」

昨日その名前を抱えて帰ってきた癖によく言う、とハンジは苦笑した。

「分かってるよ。さて、じゃあ名前、行こうか」

距離を詰めてその肩に触れると、これまた名前は触れられるのを嫌う猫のように身を引いた。何もしないよ、と囁いてみるが効果は薄い。

「…あ?躾が先だったか?」

「こらリヴァイ、まだ昨日の傷も治ってないんだから。ほら名前、一緒に来てくれるよね?」

鋭いリヴァイの瞳に対して、名前の瞳に怯えの色が浮かぶ。もう一度その肩に触れると、今度は素直にとは言わないものの肯いてくれた。そのまま手を引いて、浴室へ向かう。扉の傍に居るリヴァイの傍を通るときに、これでもかと言うくらい距離を取っている様子が可笑しかった。

「服脱ごうか。ばんざーい」

小さな子にするように両手を上げさせると、露骨に嫌な顔をされた。現れた裸の上半身は肉付きが薄く、本当にエルヴィンが言う程の力があるのだろうかと思うほどだった。年の頃は十と少しだろうか。下手をしたら徴兵の年齢規制に引っかかりそうだ。服を脱がせるハンジの手に、鼻にシワを寄せて不機嫌さを顕わにする姿は本当に猫のようだ。水が苦手だったりしないかな、と内心で思いながら下も脱がせて、一瞬言葉を失った。

「…あれー、男の子って聞いてたんだけどなー」

上半身だけではどちらか分からなかった。男の子にしてはくびれがあるような、とは思ったけどまさか女の子だったなんて。くっそうリヴァイめ。小僧だ、とか言ってたくせに。どうせエルヴィンは気付いていたのだろう、だから当初の予定のミケではなく自分にお鉢が回ってきたのだ。まあいいか、とあっさり投げ出して自分も手早く服を脱ぐ。名前が僅かに戦いた。恐らく、ハンジの体についている幾つもの傷跡を目にしたからだろう。

「お風呂、初めてだったりしないよね?まあ私もあんまりこまめに入る方じゃないけど、リヴァイが煩いから綺麗にしといた方がいいかもね」

水を溜めてある桶の傍に二人腰掛ける。冷たさが身に染みた。試しにざばんと水を掛けてみると、案の定名前は体を震わせて逃げ出した。


祥子
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