森を抜けたと思ったら急に囲まれるわ、膝かっくんはされるわ、一寸法師に暴行は受けるわ、もう散々だった。
“服を着た巨人なんて本当に居たのか…!?”
“どうやって壁内に…?何故こいつは兵長に逆らわないんだ”
何と言っているのかは分からないが、向けられている視線はどうやら好意的なものでは無さそうだ。これだけ小さければ表情を伺うのも困難を極めるが、場の空気というものは何となく、分かる。
“それで、言語を操るというのは本当かね?”
“はい。本当です。ご覧に入れましょう。…ハンジ”
不意に、メガネさんが文字通り私の目と鼻の先に立った。今度は何だろう。まさかこの人にも蹴られなくちゃいけないんだろうか。
“あはは、私はあなたを蹴らないよ。安心して。ちょっと君と話しがしたいんだ”
………通じないのに、何で話しかけてくるんだろう。しかも笑顔。
「ええと、あの…」
私が口を開くと、大したことは言っていないのに、周囲の人間がざわついた。…なるほど、私が喋っているところを見たかったのかな?
「こんにちは、初めまして。名前と申します。えーと、人間です。あなたたちの敵じゃないので優しくしてくれると嬉しいです。あと、えーっと、あ、好きな食べ物はから揚げです」
とりあえず色々喋ってみた。…どうせ誰にも通じていないのだから独り言みたいなもので、ちょっと空しかったりするのだけれど。
ひとしきり喋り終えてメガネさんの方を見ると、彼女(彼?)は満足そうに肯いていた。どうやらこれで良かったらしい。
“あなたは本当に賢いね”
何やら笑顔で言われて、頬に触れられた。何と言っているのかが分からないのが残念だ。
“…ふむ、なるほど本当らしい。確かに巨人と言うよりは人間に近い”
“先ほどは涙も見せていました”
“涙?本当かね?”
“はい。二度目の遭遇の際、おそらくは他者に会えたことへの安堵でしょう。確かに涙を見せていました。何なら…ご覧に入れましょうか?”
金髪碧眼さんがこちらを見上げた。誰と話しているかは知らないが、まあ当然のごとく私の話題らしい。にこり、と笑ってくれたので笑い返す。いい人だなあ。どんな話をしているんだろう。
“…巨人が涙を……興味深いが、今は止めておこう。感情を高ぶらせるのは危険だ。……良かろう、着衣の巨人の調査兵団への駐留を認める”
どうやら色々終わったらしい。人がまばらになっていく。
横たわっていたままの上半身を起こすと、何人かはびくりと警戒するようにこちらに針を向けてきた。悲しいけれど仕方ない。あっちは小人で、こっちは巨人なのだから。
金髪碧眼さんが私のすぐ傍まで来て、左胸に右の拳を付けるという動作をした。言葉も何も無かったけれど、何やら真摯な雰囲気は伝わった。
私には、彼らの言葉は分からない。この動作が何を意味するのかも分からない。それでも、きっと、分かり合えるはずだ。
周りにいる人たちをおどかさないようにゆっくりと腕を上げて、私も右の拳を左胸に付けてみた。………あ、ここって、心臓のある位置だ。自分の鼓動が拳に伝わってくる。
“着衣の巨人について、我々の知ることはあまりに少ない。しかしこれは大きな前進である。―――――人類の、我らの進撃に、心臓を捧げよ!!”
私は驚いた。
どう見たって歓迎ムードでは無いし、小人さんは未だに私に怯え、恐怖し、憎むような視線さえ向けているのに―――ひとり残らず、私に向けて、同じ仕草を返してくれたのだ。
ああ、よく分からないけれど、何だか色々耐えていた甲斐もあるというものだ
ファーストステージ
(クリア、できたっぽい)
祥子