森を抜け、予め決めていた場所へ彼女を誘導する。そこでは憲兵団が手厚いもてなしで私たちを迎えてくれていた。
「うーん、予想以上」
「そうか。俺の想像よりは下だ」
ずらりと並ぶ大砲を前にしながら、ハンジはリヴァイと軽口を交わした。着衣の巨人は、困惑している様子からしてどうやら大砲は知っているようだ。
「さて、どうする?」
「どうするもこうするも、決められたことをやるだけだ。…俺は右をやる」
「ほいほい。じゃ私左ね」
着衣の巨人を受け入れるに当たって、憲兵団から提示された条件は三つ。
一つ、いつでも巨人に膝を付かせられること。
二つ、巨人の安全性を証明すること。
三つ、着衣の巨人に対する人類の優位を証明すること。
言っていることは全部同じなような気がしなくもないが、まあここでごちゃごちゃ言っていてはいつまでも彼女の研究ができないのでその議論は無しだ。
「さて、じゃあ行きますか」
リヴァイと視線を交わし、三、二、一と音もなくカウントを数える。カウント・ゼロで彼女の背後に回った私とリヴァイは、二人で同時に彼女の膝裏に蹴りを入れた。早い話が膝かっくんである。完全に油断していた彼女は地に両膝を付いた。立ち上がろうともせず困惑したようにこちらを見詰める彼女に、エルヴィンの号令で調査兵団の兵士が一斉に切り掛かる。
「…分かってくれ」
一週間前、始めて会った時の状況の再現。あの時彼女は両手を上に上げて敵意が無いことを示した。それを今ここでやってくれればいい。
彼女は酷く困ったような顔をしていたけれど、理解したらしくゆっくり両手を上に上げた。そう、それでいい。これで条件二つはクリアだ。
次。こちらの優位を証明したらこんな無意味なパフォーマンスも終わる。
“あ、あの…何ですか、どうして、”
「ごめんね」
“え?え?あの、っや!?”
恐らく不満とか疑問だとかを訴えているのであろう彼女の言葉に笑顔でひとつ謝罪を落とすと、ハンジはリヴァイと同時に彼女の首に巻き付いている巨大なマフラーの両端を引いた。強引だけど彼女の頭が地に付く。これでやっと目線が同じくらいだ。
「あんなに近付いて大丈夫なのか…?」
「いくら人類最強でも…」
ギャラリーが何か言っているのを無視して、リヴァイは彼女の額に蹴りを入れた。
“っ痛!?あの、えっ、痛、痛いです!”
彼女の柔らかそうな頬が変形し、鼻の頭が赤くなるのを見守る。彼女がぴくりと動く度に私は彼女の手をぎゅっと握った。
―――お願いだから、抵抗しないで。殺したりしないから。これは君をここへ置く為のパフォーマンスなんだ。分かってくれるだろ?
とまあ、ハンジの言葉が通じたのかどうかは分からないが、彼女は騒ぐのを止めて、痛みを堪えるようにぎゅっと目を閉じた。それでいい。もう彼女は涙目だった。そう、もういっそ泣いてしまえばいい。
「…兵士長。君の優位は分かった。もう結構だ」
総統から、ようやくその言葉を引き出した。リヴァイの蹴りが止む。急に止んだ攻撃に、彼女は恐る恐るといった呈で目を開き、ずっと上げっぱなしだった腕を下ろした。
“お、おわり…ですか…?”
「よく頑張ったね、お疲れ様」
“っていうか何で私また蹴られたんだろう…”
力を抜いた彼女に、リヴァイが音もなく近寄った。リヴァイが頬をぺしりと叩くと、そう大きな衝撃でも無いだろうにびくりとして両手を上げる。どこからどう見てもリヴァイの優位は明らかだった。…事実はどうであろうとも、一応の表面上では。
彼女が反応したのを見て鼻を鳴らすと、リヴァイは今度は労るように彼女の頬を撫でた。
「よくやった」
彼女は終始不安に揺れていた目で私たちを捕らえると、やっと安心したように緊張を解いた。
彼女は敵ではありません
(よしよし、怖かったね)
祥子