高校に入ったら体操部に入りたい、だなんて言っていた女子中学生はもしかしたら私だけかもしれない。だけど小さなころからずっと夢だったのだ。テレビ画面の向こうのオリンピック選手が鉄棒みたいのにぶら下がってぐるぐるしていたり床で跳ねまわって最後にあのポーズをしていたりするのを見ると、恋でもしているんじゃないかってくらいときめいてしまう。―――特にあこがれの選手が、リヴァイ選手。その選手がなぜだか知らないけれど急に引退して偶然にも隣の県の高校のコーチになったのだ!

これはもう、その高校へ行くしかないだろう。そして必死に頑張って合格通知を手にして、体育推薦でもない未経験者の癖に体操部へやっと入ることができた、のだけれど。

「名前よ、さっきから何を休んでいる。さっさと柔軟終わらせてマットを出せ」

「は、はいコーチ!…っ!」

「阿呆かてめェは。さっさとマットくらい一人で上げ下ろしできるようにしとけ」

「はいコーチ、…っきゃ!」

「雲梯は平行に並べろと何度言ったら理解するんだてめェは!ああもういい、エレンそっち持て」

「了解っす!」

雲梯につまづきかけたところで横から同級生のエレンにマットを奪われてしまった。彼もリヴァイ選手に心酔している部員の一人で、私は勝手にライバル心を抱いていたりするのだけれど………好敵手どころか補助員にだってなれやしない。

体操の世界が思っていたよりもずっとずっと厳しいものだと気づくのにそう時間はかからなかった。

マットは重たくて、他のみんなみたいに持ち上げることはまだできない。何度言われてもたくさんある器具の置き場所を覚えられないし、そもそも体が硬すぎて柔軟から抜け出せていない。「これだから興味本位の素人は…」とリヴァイに溜め息をつかれた時には涙すら出ないほど打ちのめされた。女子だからというのは言い訳にはならない。同級生のミカサやアニは一年生なのにもうスタメン入りをしている。

「…っ」

俯いたらこぼれそうになった涙を、唇をぐっと噛むことでこらえる。気づけば、週一で体操の練習に来ている中学生や小学生たちの邪魔になってしまっていた。慌てて壁際により、せめて体を柔らかくしようと柔軟を再開する。体育館には指導の先生たちの厳しい声が響いていた。…私よりもずっと小さい子達が、どんなに厳しい罵声にも食いついて返事をしながら、何度転んでも立ち上がってマットへ立ち向かう。彼らは、彼女たちは、オリンピックの選手を目指しているのだという。

あまりにも自分が情けなくて、こらえきれなかった涙を一滴だけ体育館の床にしみこませてしまった。

「…名前、」

「…っ、あっ、ら、ライナー先輩?」

「ミーティングにも顔出さないでどうした」

「ミーティング…」

正直、何の大会にも補欠としてすら参加しない私がミーティングに出る意味はない。けれど新入生のくせに勝手にサボってしまったのだから謝らなくては。そう思って、ごめんなさいと紡ごうとした口から、勝手に別の言葉がこぼれた。

「私、体操部向いてないのかもしれません。………経験もないし、体も固いし」

しまった、弱音をこぼしてしまった、そう思ったら涙も一緒にこぼれてしまった。

「名前、」

「入部してもう三か月も経つのに、種目、何も…いっこもできないし、…ご、ごめんなさい、たった三か月で根性なしかもしれないですけど、今からでもマネージャーに…」

「いや、お前は十分根性がある、名前」

ライナー先輩は泣いている私に引いたりなんかせずに力強くそう言ってくれた。力強くて暖かい声だった。

「普通の奴ならコーチのしごきに一週間で逃げる。三か月ももったお前はもう立派な体操部員だ」

「………っ…!」

私が泣いているから慰めてくれていると分かっているのに、涙は止まるどころかいっそう溢れてきてしまった。

どんなにがんばっても私は何もできない、みんなより一人だけ劣った存在なのだと思っていた。それなのに、先輩に、それもみんなの憧れでありみんなを引っ張っていくような存在であるライナー先輩に、こんなことを言ってもらえた。慰めなのかもしれないけれど、それでもちゃんと努力を認めてもらえた。

さっきとは違う意味の涙が出てきてしまった。

「おい、ライナー、部長が何やって……名前を泣かせてんのか?泣かせるのは俺で間に合ってる。部員はフォローに回れと言ってあるだろう」

「今まさにフォローしてたんスよ。コーチもたまには褒めてくださいよ、流石に飴無しの鞭・鞭・鞭じゃウチの部活はきついですって」

ミーティングを無断でサボったどころか部長まで拘束してしまっていたので、コーチが近づいてきたとき、名前は絶対怒られる…!と思って身をすくめた。しかし、降ってきたのは意外にも優しい声だった。

たまには褒めろ、というライナーの言葉にリヴァイはふむ、と考えるような仕草をした。

「……名前よ」

「は、はい…っ!」

「まだまだ俺の望むレベルには遠いが……お前はよくやっている。これからも励め。筋は悪くねェからな、お前は」

あまり身長が高いとは言えない彼が、背筋をきれいに伸ばし、ぴんと伸ばした腕で私の頭をぽん、と叩いてくれた。しなやかな筋肉のついた腕が、そのまま何度か私の頭の上でリズムよく動く。

それだけで今までのあれこれが吹き飛んでしまった気さえしてしまうのだから私も現金だ。………ちっちゃい頃から体操をやっている人は筋肉が早く付いてしまうのだから身長は仕方ないのだ。うん。それに、なんたってあの憧れのリヴァイ選手からこんなことを言ってもらえたのだから!

「がんばります…っ!」

ぐしぐしと涙をこすって精一杯そう言うと、コーチも満足そうにああ、と呟いてくれた。

結局ミーティングはそうこうしているうちに終わってしまい、私はみんなに涙のあとを見つかってからかわれたり励まされたりしながら帰路についた。

余談だが、アルミンに言われた「ミカサとかアニとかは例外…っていうか人外なんだからね。名前はよく頑張ってるなーって思ってたよ」という言葉がいちばん胸に沁みた。

部員同士固まってぞろぞろと体育館を後にする途中、前の方で今日はどっちがトランポリンでより高く跳べたかなんてことで本気の喧嘩をしているジャンとエレンを見ながら、私は口元に笑みを浮かべた。負けた方が勝った方に肉まんをおごるという約束らしい。

「他にコンビニ行く奴いる?」

「あ、おれ行くー」

「私も行きます!」

「名前、今日は何か一個奢ってやるよ」

「まじですかライナー先輩!ありがとうございます!」

「え、部長おれもおれもー」

「うるさい名前は今日は特別だ」

他愛のない会話がこんなにも楽しく思えるのは、さっきまでみんなで目いっぱい汗も涙も流しながら練習をしたから。

練習はきついし、憧れの選手は鬼コーチだし、同期もアルミン以外優しくないけれど、あきらめないでもう少し頑張ってみよう。心の底からそう思った一日だった。

汗と涙の毎日ですが
(流した分だけ強くなれると思うから)




りんこ様へ
企画へのご参加ありがとうございました。だいぶ遅くなってしまいましたが…;;
進撃の誰かと部活動で青春ということでしたが、青春…できてますかね?
青春ってもしかして汗と涙とスポーツマンシップとかじゃなくて恋と愛とトキメキとかそういうのを求めていらしたのでしたらすみません。恋愛要素が欠片もありません。
りんこ様からのご要望でのみ書き直させていただきます!只今祥子・愛子ともに立て込んでおりまして更新は遅くなってしまうかもしれませんが…。
では、これからもCheesy!!!をよろしくお願いしますね!


祥子
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