「…ハンジってさぁ、恋愛対象、男と女どっちなんだろ。私ってそもそも望みあるのかなぁ」
「どっちもイけそうじゃない?むしろあの人が男と付き合ってる姿なんて想像できる?」
「したくない」
ふと呟いた言葉を拾ってくれたのは、隣で私と同じようにアルコール飲料の入ったグラスを傾けていたナナバだった。私の片思いを知る数少ない人間でもあるので、たいていナナバとの話は恋バナになってしまう。
ハンジは、私の会社の同僚だ。ヘンに距離が近すぎて色々と勘違いしてしまいそうになるから、全く同僚になんて恋をするもんじゃない。それでも好きになってしまったのだから本当に困ったもので。
「うぁあ…クリスマスなんて滅びろ…っていうか何でよりによってクリスマスが休みなのようちの会社は。いっそ普通に出勤してクリスマスなんか忘れていたかった」
「あーハイハイ。まったく、うじうじするのもいい加減にして、クリスマス誘ってみたら?押し倒したら以外とイけるかもよ?」
「ナナバとは違うんだ、無理に決まってる」
男にも女にももてもてな友人を睨み付けると、にこやかな笑顔で返された。本当にむかつく友人だ。
「何なのその笑顔。むかつく。…あーもうやってやるよう!クリスマスに下心ばりばりで誘って玉砕してやるう!」
「酔ってるね、完全に。…まぁ、名前のそういう色々言いはするくせに怖気づいて何もできないとこ、私は好きだけどね」
「………ナナバきらい」
折角自分に喝を入れてデートに誘う宣言をしたのに、ナナバは初めから私が声も掛けられないと決めてかかっている。…けれど、十中八九どうせナナバの言う通りであるだろうことは自分でも分かっていた。
「あはは、拗ねた?…まあフられたらいつでもおいで。慰めてあげるから」
からん、とグラスの中で氷が溶けた。フられるどころか告白できる気すらしないけど。
*
「おや名前珍しい、二日酔い?」
「あーうん、…分かる?」
「うん」
昨夜の話題の人物、ハンジに話しかけられて、内心私はものすごく緊張していた。表に出さないようするのにはかなりの苦労を要した。
「どこもかしこもクリスマス一色だなぁ」
「そうだね。…ハンジはクリスマス祝うの?」
「いんや、私は別にクリスチャンじゃないし。まぁ楽しいことなら好きだけど」
そういえばこれは絶交のチャンスなのではなかろうか。本人はクリスマスを祝う気はないと言っているけれど、少なくともクリスマスパーティーに参加したりすることもないということだ。誘ってみたら?という昨夜のナナバの声が頭に響く。
「……あのー、ハンジ、…クリスマスさ、つまり明日なんだけど、うち来ない?」
「名前んち?え、なに彼氏とか来るんじゃないの?」
「…っ、居ないよー独り身で寂しいんだよー、だから来てよハンジ」
「えー?…んー、ごめんちょっと予定入ってる」
誘いを断られたことよりも先に、彼氏とか来るんじゃないのの一言の方に大分ダメージを食らった。いねーよそんなん。そしてハンジの予定も気になった。もしかして、恋人とかいるのかな。いたら私ショックで死ねる気がする。
そのまま適当に言葉を交わしてハンジと別れた後も、街は相変わらずきらきらしくクリスマスを主張していた。あちらこちらで恋人らしき人たちが寄り添い合って歩いている。私と同じように一人で歩いている人はみんなどこか申し訳なさそうに、居づらそうに足早に過ぎ去っていく。聖夜は一人か、と私も同じく早足で岐路についた。
*
朝起きて、カレンダーを見てああ今日はクリスマスか、と認識する。くそう何だってクリスマスというのは独り身をこんなにも虚しくさせるのか。クリスマスに浮かれているこの国の人間大半キリスト教徒じゃないくせに。
ナナバにメールを送ると、今日はバーで知り合った女の子とデートするとの事だった。慰めてくれるとか言ったくせにこの嘘つきめ。
家で腐っているのも癪だったから、精一杯おめかしをして外に出てみた。けれどすぐ後悔した。どこもかしこもカップルと家族連ればかりで。特に行く当てのない足は自然と職場に向かった。
「あれ名前さん、もしかしてひとりですか?俺もう上がりなんでよかったら」
「あんたなんてお呼びじゃねーのよごめんね私ちょっと今から用があるから失礼するねよいクリスマスを」
「え、あれ、…え?」
足早に後輩の誘いを断って、仕事場のある階へ向かう。エレベーターに乗り込んでガラス窓からふと見えた景色があまりにも楽しげで思わず泣きたくなった。
…いつもより独りが寂しいのは、いつもより幸せになりたいから。比べてしまうから。今日がクリスマスじゃなければ独りもこんなに辛くはなかった。ああ、やだな、惨めだな。
不意に、ウィーンと音がしてエレベーターの扉が開いた。人が乗り込んできたので、慌てて俯いた。俯いた拍子に涙が零れた。え、嘘、何で。
「………名前?」
不意に顔を覗きこまれて、私は心臓が止まるかと思うくらいびっくりした。だってそこに居たのは、
「ハ、ンジ…?」
「はい、ハンジです」
昨日職場で会った時のままの恰好と、少しくしゃついたハーフアップの髪。間違いない、ハンジだ。
「何で、居るの…?」
ハンジと私は同じ部署だ。当然ハンジだって今日は休みのはずなのに。
「いやそれはこっちの台詞だよ。どしたの?」
開いていたエレベーターのドアが閉まって、狭い密室に二人きりになる。ハンジの匂いをかぐといっそう涙が溢れた。
予定って仕事のことだったんだという安堵と、朝から溜まっていたストレスが一気に溢れ出て、ついには声まで上げながら私は泣いた。社会人にもなって情けないとは思ったけれど他に人目が無いから止められない。ぽろぽろと涙と一緒に言葉まで零れ落ちるけれどそれももう止められない。
寂しかった、ハンジに会いたかった、誰かと一緒に居たくて、本当はハンジと一緒に居たくて。会いたかった。おろおろするハンジにそんなことを言ってもしょうがないのに、やっぱりもう止められそうにない。涙も言葉もハンジへのこの感情も。
「何、そんなに寂しかったの?もう、しょうがないなぁ」
よしよし、と頭を撫でられて、私は今日やっと初めて幸せになれた気がした。
「そんな名前にクリスマスプレゼントをあげよう」
「いい、要らない」
ハンジがポケットに手を突っ込んだのを上から抑え込む。そこに入っているのはクールミントの飴玉だ。私は知っている。私が食べられないからと言って昨日ハンジに押し付けたものだから。
「代わりに欲しいものがあるの」
Give me your heart
(…いいけど、昨日お風呂入ってないから汚いよ)
(…じゃあお風呂入った後にちょうだい?)
2014/12/24
Merry Christmas for you from CHEESY!!!
祥子