とんでもねェところに来ちまった。歩けど歩けど広がるのは畑と家々ばかりで、港どころか海の香りすらしてこない。歩いている間にご高齢の女性達に囲まれてあれこれ尋ねられたけれど、全く理解することができなかった。男サンジ一生の不覚である。
しかしまあ彼女たちがレディであることに変わりは無かったし、彼女たちは何やら心配そうな顔でおにぎりやら何やらを分けてくれたので、渾身を込めてお礼をした。頬を染めたしわくちゃの麗しきレディたちとこうやっているのも嫌いじゃないが、流石にそろそろ話が分かるやつが欲しい、できれば麗しの若いレディで。そんなことを思っていた矢先、出会ったのが名前だった。
名前はサンジにも分かる言葉で喋ってくれた。ところどころ片言だったりしたけどそれもまた可愛らしかった。更に彼女はおれが困っているということを知って家へ招いてくれもした。そして現在に至るのであるが。
「キタナイ家でゴメン、どっか適当に座ってテ…?」
「いや…掃除が苦手なレディっていうのもそれはそれで…!」
「どんだけポジティブなんだアンタ」
家は謙遜とかではなく確かに汚かった。まるで野郎の一人暮らし…いや、見たところ二人暮らしのよう。しかしそれが何だ!名前ちゃんはこんなにも可愛いんだ、欠点のひとつやふたつ…!
「何か食べル?インスタントと冷凍食品しか無いケド…」
「いやいやそんなお構いなく」
「…一人でお昼食べルの寂しいから、一緒に食べてくれルと嬉しいナ…?」
「一緒に食べさせて頂きますゥ!」
扱いやすいな、この男。名前がそう思っているとはつゆ知らず、サンジは目をハートにして了承した。
「あ、名前ちゃん、もし食材があるんならおれが何か作るけど」
「ん?ゴメン、何て言っタ?」
「もし、食材があるなら、おれが、何か作るよ」
聞き取れなかったらしい名前に一言一言区切りながら、はっきりと喋る。コミュニケーションが取れるだけでも感謝しなければ。というかレディに不自由させるなんておれが許せない。
「ああ、ゴメン、食材は無いんダ。お湯注ぐだけダカラ、座ってテ」
「じゃあお湯はおれが湧かすよ!」
名前が棚からやかんを取り出すのを見て、その手からそっとやかんを奪う。レディひとりに働かせて座ってなどいられない。
「…ほんとに女には優しいんだな、サンジって」
「ん?何か言ったかい?」
「イヤ…何でもナイ。それじゃあお願いネ」
サンジの理解できない言語、恐らく名前が普段使っているのであろう言語で名前が何事かを呟いたが、残念ながら内容は分からない。おれのことだといいな、なんてにやけながらサンジはコンロへ向かった。初めて使う器具が色々あって料理人魂がうずうずするが今は取り敢えず湯を沸かすだけである。使い方は料理人の勘で何とかなった。
「お湯、ココに注いで?」
「…変わった料理だな」
「もしかして、サンジ、カップ麺初めテ?」
「カップ麺?」
「まぁ、食べタら分かるヨ」
悪戯っぽく笑った名前はクソ可愛かった。熱湯を注ぎ三分待つだけで良いという何ともお手軽なその料理は、カップ麺というらしい。こんなのがあったら料理人要らねェじゃねェか、なんて微妙な気持ちになったけれど取り敢えず一緒に三分を待つ。
三分後、本当に食べられるものが出来上がっていたのには驚いた。先に食べ始めた名前に習って、サンジもカップ麺なるものに手を付ける。
「………悪くねェが…」
「あはは、やっぱりお気に召さなかっタ?」
「いやいや名前ちゃんの用意してくれたものにケチ付けたい訳じゃなくて!何かこう…うまいけど、暖かみが、」
麺は柔らかく、スープの味付けは濃い。味はなかなかだったが、何故だか物足りなかった。名前の言葉に慌てて弁解をすると、サンジの言葉を聞き取れなかったらしい名前は曖昧に首を傾げた。謝罪を加えてもう一度ゆっくりと説明すると、名前は可笑しそうに笑った。
「別にいいヨ、私が作っタものじゃナイし。機械が作っタものだから」
「機械が…?凄い技術だな」
聞けば、この国は科学技術が発達した国であるらしい。他にも便利なものが色々あるようだったが、便利さの裏で暖かみは追いやられているのだと名前は言った。
「だって私、人の手作りの料理っテ、あんまり食べタことナイし」
その台詞は衝撃だった。聞けば母親を早くに無くし、男手一人で育てられてきたから、カップ麺やら冷凍食品やらで育ったのだという。今度料理を作ってあげるよ、と言うと名前は嬉しそうに笑った。その笑顔にきゅんと来たのはもう言うまでもない。
「じゃ、今晩、サンジの作っタ料理が食べたいナ」
「喜んで!」
名前は、サンジがまだ自分でも信じ切れないような事情を全部聞いた上で、帰れるまでここにいると良いヨ、と言ってくれた。何て優しいレディだ。その恩に報いる為にも、今晩はとびきり美味しいものを作らなければ。
祥子