「あれ、名前いい匂いする!」

会社の暖房が効きすぎて、そろそろ喉が痛みだす季節。乾燥する唇を潤わせるために、リップクリームを塗っていたら、案の定十四松くんが反応した。

「リップクリームだよー」
「すっげー!オレ緑色のやつしかしらない!」

きっとメンソレータムのことだろうなと想像しつつ、さっきから匂い付きのリップクリームに感動している十四松くんの唇はSOSを出しているように見えた。
大きく口を開けて話す十四松くんの唇は、いまにも裂けてしまいそうだ。

「十四松くん、十四松くんも塗ってみる?」
「えっ!いいの!!!」
「うん、いいよ。」

そう言って、十四松くんの唇に、さっきまで私がつかっていた桃の香りがするリップを塗ってやる。塗っている最中も、いいにおーい!なんて呑気に言っていた。十四松くんの薄い唇を、ぽってりさせるリップ。自分の使っていたものを人に使わせるのは、それもリップクリームだとか口に接するようなものはあんまり共有したくない性格のはずだったのに、十四松くんにはあっさりとできる自分はなんてゲンキンなやつなんだろう。


「はい、おわったよ」


そういって、キャップをしめると、同時に十四松くんは自分の唇をベロベロと舐めた。何度かそれを繰り返したけど、納得がいかないのか首を傾げる。なんで十四松くんがそんなに首を捻ってるか、なんとなくだけど想像ができた。

「えー!味ないじゃん!」
「ないよー」

至極残念そうに落ち込む十四松くんを見て、思わず笑ってしまった。とてもじゃないけど、彼は成人しているとは思えない。どちらかといえば弟のような存在。それでも、そんな十四松くんと、私はまごうことなき恋人関係である。だからこそ、なんだから子育てをしている気分だった。


とりあえず十四松くんの唇は潤ったことだし、これで唇が裂けるかもしれない危険を回避することができた。さて、帰りますか。そう言って十四松くんの手引こうとするけど、なかなか十四松くんは動こうとしない。

「どしたの」
「みて!あれ!UFO!」
「えー…なにいってんの十四ま、」

思わず彼が指差した方向に向いてしまったが、よく考えればUFOなんて存在するわけないし、現に見えてもいないよ、と言おうとして振り返れば、不意打ちに唇同士がぶつかりあった。硬直した私の唇をぺろりと舐めて、

「やっぱり桃の味しなーい」

呑気なもんだなあ。
私の唇を舐めて満足そうに、味のしないことを確認した十四松くんは、ぽかんとしたままの私に対して今度は舌を入れてきた。

「でも、こっちのちゅーは甘い」

子供騙しな不意打ちは、どうやら序の口のようで、彼は匂いはしても味のしないリップクリームの不思議を解明すると意気込んでしまった。本当はちゅーがしたいだけの口実だっていうのはバレてるけど、あえて言わないでおく。私も十四松くんとのちゅーは嫌いじゃないからね。
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