text | ナノ




WC始まるちょっと前くらいのはなし。赤司くんが休日に東京に帰って来たようです。





高尾が赤司を見つけたのは、本当に偶然だった。その日は雨で、緑間の送迎は無し。いつもより少しだけ遅めに身支度をして練習のために学校へやって来た高尾は、校門の前で佇む一人の男を見つけた。ハイソな私服に黒い傘、どう見ても同じ学校の生徒とは思えないが、もしかしたら何処かの部活のOBかもしれないと、高尾はその男に声をかけた。が、振り返った相手の顔を見て、しばし固まることになる。

「あ、かし…?!」

明るい紅の髪に、左右非対称なオッドアイ。振り返ったその男は、バスケをやっている中高生なら一度は耳にしたことがあるだろう、キセキの世代というやつのひとり、赤司征十郎だった。

動揺する高尾を前に、赤司はきょとりと首を傾げた。童顔と相まって、その姿はひどく幼い。

「僕を知っているのか?」
「真ちゃ…緑間から聞いてるからね。俺は高尾。一応男バスレギュラーでPGやってます」
「へえ…君が真太郎の言っていた…」

赤司の顔が、面白いものを見つけたとでもいうようにわかりやすく変化を見せた。

「真ちゃん、俺のこと何か言ったの?」
「いや、そんなに大したことは。同じ一年のレギュラーがやたら纏わり付いてきて鬱陶しい、くらいなものだよ」
「うわあ真ちゃんツンが歪みねえ…」
「でも、嫌じゃないとも言っていた」
「…そっか。……なあ、」
「なんだ?」

問いかけにきょとりと首を傾げるのは、赤司の癖なのだろうか。最初と同じ仕草を繰り返した赤司は、やっぱり幼く無防備に見える。とてもあの曲者揃いなキセキ達をまとめていたとは思えないほどに。

「真ちゃんと赤司はさ、中学のとき、なんか、特別な関係だったりした…?」
「………なぜそう思う?」
「真ちゃんがあんたのこと話すとき、表情も声も、他の奴らに対する態度と全然違うから、かな」
「……そう」

赤司は傘を持っていない方の手を顎に当て、何か考えるような素振りをしたあと、こくりと頷いた。

「そうだな。確かに僕と真太郎は特別な関係だったよ。でもそれはもう終わったことだ。だから今君が真太郎と付き合っていても何も感じないし、君が僕を気にする必要もない」
「な、んで、知って…っ」
「さあ、なんでかな?」

ふふ、っと可笑しそうに笑んだ赤司は、くるりと傘を回しながら高尾をじっと見つめた。

「高尾…だったかな?君は僕とは全く違った存在だね。だからこそ真太郎は君に惹かれたのかもしれない」
「は?」
「見たところ、君は人当たりも良いし、面倒見も良さげだ。きっと真太郎の世話を焼いてくれているんだろう?真太郎にはそういう相手の方が合っていると思うよ。僕はあいつに世話を焼かれてばかりで、見放されてしまったからね」

それは違う、と高尾は思った。緑間は決して、赤司を嫌いになったわけではない。むしろ赤司を思い出すときの緑間は、高尾が妬いてしまうくらい切ない表情を浮かべる。そこに自分の入る隙などないのだと思い知らされているようで、高尾はそれがとても気に食わなかった。それなのに、高尾の欲しいものを手に入れているこの男は、自分は見放されたと言う。それがどうにも腹立たしくて、口から出た声は思ったよりも低くなる。

「真ちゃんは一度懐に入れた人間を見放すような奴じゃねーし。つかあんたが真ちゃんの中に居座るせいで、俺は苛々させられっぱなしなんだけど」
「よく意味がわからないんだが…」

本日三度目のきょとり、である。鈍いなこいつ。高尾は溜め息を吐きたくなった。しかし、緑間が世話を焼きたがったのもわかる気がする。どうにも、この男はどこか危うい。

「わからないなりに解釈すると、真太郎の中に僕が居座っているとしたら、それは僕があいつの初めての相手だからじゃないだろうか」
「はあ?!」
「初めての相手のことは、恋愛感情を失ってもなかなか忘れられないと聞く。真太郎もそうなんだろう。だから高尾が不安になることはない。確かに真太郎の童貞を奪ったのは僕だが、この先三年間あいつの側にいて支えてやれるのは僕ではなく、君だ」
「あー…もう…」

話が通じない。というか、なんでそんなぶっ飛んだ答えに行き着くんだ…!高尾はいよいよ頭を抱えたくなった。それと同時に、気づいた。たぶん緑間は見放したわけではない、諦めたのだと。






「何をしているのだよ高尾。急がないと練習に遅れる」

不意に背後から声をかけられて、高尾はびくりと肩を揺らした。

「真ちゃん…」

何とも間の悪い男である。緑間は立ち止まっている高尾をいぶかしげに見つめ、すぐに驚愕でその目を見開いた。

「赤司…?」
「やあ真太郎、久しぶりだね」
「なぜここにいる?!」
「うーん…真太郎の通う高校が見たかったから?」
「疑問形で答えるな」

はあ、っと先程高尾が吐きたくても吐けなかった溜息をあっさり吐いた緑間は、足早に赤司のもとへ近づくと呆れたようにその髪に触れた。

「髪が濡れているのだよ。相変わらず傘をうまく使えないのか」
「そんなことはない。こんな雨だ、どうしても多少は濡れる」
「お前は風邪を引きやすい。特にこんな雨の後には」
「心配してくれているのなら、同じ学校に来ればよかったじゃないか」

赤司が少しだけ拗ねた口調になるのを、高尾は確かに耳にした。

へえ、あいつもあんな声出すんだ。

高尾は赤司の中に年相応の子供らしさを見つけて素直に感心したのだが、どうも緑間はそうではないらしい。

「…みんな別々の学校に行こうと言い出したのは赤司なのだよ」
「別に提案しただけで、強制はしていない。来たかったなら来ればよかっただけの話だ」
「……お前は自分の学校の偏差値を知ってから物を言え」
「知っているよ。でも真太郎なら大丈夫だろうと思ってね」
「ずいぶん買われているんだな、俺は」
「そりゃあ、元恋人ですから」

その言葉に、緑間は分かりやすく動揺した。ちらりと伺うような瞳を向けられて、高尾はにっこり微笑んでやった。緑間の頬が引きつる。ざまあみろ。どうやらツンデレで鈍感なこの男は、高尾が赤司と緑間の関係に気づいていることを知らなかったらしかった。珍しくうろたえている緑間を見て、赤司は微笑った。

「本当に、なんとなく来てみただけだ。でももう退散することにするよ。髪を乾かさないと、風邪を引いて真太郎に余計な心配をかけてしまうし。…それに、」

穏やかな笑みの中に、少しだけ意地悪な色が混ざる。

「僕がいると、君の新しい恋人さんがやきもちを妬いてしまうからね」

これには緑間だけではなく、高尾も動揺した。その様子に堪えきれないといった様子でくすくす笑い声を漏らすと、赤司はひらりと片手をあげて、さっさと駅の方面へ歩き出してしまった。

「…真ちゃん、追いかけなくていいの?」
「なぜ追う必要がある?」
「いや、なんとなく…?」
「お前まで疑問形で返すな」

緑間は本日二回目の深いため息を零すと、まだ練習前だというのに疲れ切った顔で高尾を見やった。

「…赤司は、」
「うん?」
「赤司は、勝負事に負けたことのない男だ。勝つことが当たり前で、そこに喜びもなにもない」

「勝つことは基礎代謝と同じ」と断言するように、赤司は常に勝利を手にしていた。そしてその勝利のためなら、どんな人間でも利用することを厭わない。灰崎はその良い例だ。善も悪も、全ては彼が勝利を得るために存在する。無節操なそのやり方に反発したら、赤司は訳が分からないといった顔で首を傾げた。

『緑間は、食事をするとき、いちいち食材一つ一つの栄養素を考えたりするのか?しないだろう?僕のやり方はそれと同じだ』

つまり彼の中では、誰もが彼を形作る栄養のようなもので、そこに価値を見いだせればたとえ素行が悪かろうとなんだろうと気にならない。それがあたり前だと思っている。赤司征十郎とは、そういう人間だった。

「俺も勝ち続けることに文句はなかったのだよ。だが今となっては、この学校に来て敗北を経験したことは俺にとってよかったのだと思っている」

敗北を知らない人間は脆い。負けた悔しさという土台がないままに勝利を積み重ねてしまっているから、崩れるときは一瞬だ。

「…WC、あいつを全力で倒そうぜ」
「当たり前なのだよ」
「うん」

高尾はこれ以上どんな言葉を重ねていいのかわからなくなって、そっと緑間の右手を取った。ぎゅっと握ればわずかに握り返してくれる、なのにこれが自分のものだとは思えないのはなぜなのだろう。

「真ちゃん、」
「なんだ」
「好き」
「…ああ」

このひとは此処にいるけれど、心はまだ、完全にここにいるわけじゃない。嫌になるなあキセキの世代の絆ってやつは、と高尾は苦笑する。

絡めた指先は冷たい。



この男が早くあの手のかかる赤い髪の持ち主を忘れて、俺だけを見てくれたらいいのに。

2012/08/02

back page






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -