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ジワジワとセミが鳴き声を上げる、まさに夏の盛り。夏季休暇に入ってからの練習はますます厳しく、空調設備のない体育館はドアを開放していても蒸し風呂のように暑い。そんな中、洛山高校男子バスケ部では、奇妙な遊びが流行っていた。いや、洛山高校男子バスケ部のスタメンの間で、という表記が正しいのか。

その奇妙な遊びとは、

「母さん…!!」
「こたちゃん、パパにパスよ!!」
「よっしゃ!来い!」

…家族ごっこ、である。

ぶっちゃけスタメン以外の部員たちは、あの人達暑過ぎて頭沸いたんじゃないかな…と本気で心配しているのだが、本人達は至って真剣だ。最初のきっかけはなんだったのか。実渕の記憶によれば、確か葉山の一言から始まったような気がする。

『実渕ってなんかお母さんみたいだよな!』

無邪気100%のキラキラ笑顔で葉山にそう言われ、実渕は数秒固まったあと、『失礼なこと言わないで!』とブチ切れたのだった。けれど根武谷は腹を抱えて笑いながら同意してくるし、練習していたスタメン以外の平部員達も皆口元を押さえて笑いを堪えている様子だったので、実渕は内心こっそり落ち込んで、本気で今後の身の振り方を考えた。

しかし、だ。

それまで黙って床に座っていた赤司が急に立ち上がり、そのまま実渕のすぐ側まで歩み寄ってくると、色の違う宝石のような瞳で覗き込むように実渕を見つめてきた。

『せ、征ちゃん?どうしたの?』

流石の実渕もこれには困惑し、何かしてしまっただろうかと必死に記憶を探ったが、心当たりは全くない。基本的にマイペースな赤司は、実渕の困惑など気にも留めずに満足のいくまで見つめた後、何かを確信したようにこくりと頷き、珍しく柔らかな笑みを浮かべながら言ったのだった。

『確かに玲央はお母さんみたいだ』

その瞬間、実渕の中で何かが吹っ切れた。

『征ちゃん…!ママって呼んでもいいのよ…っ!!』
『だが断る』

これが家族ごっこの始まりである。…多分。

そこから更に発展し、最終的にスタメンでしっかり家族構成が出来上がってしまった。実渕はお母さん、根武谷はお父さん、葉山はお兄ちゃん、そして末っ子の赤司、というように。

驚くべきは、赤司がこれを受け入れ、むしろ楽しんでいる素振りすら見せる点である。根武谷を「父さん」と呼び、意気揚々とパスを繰り出す赤司を見るたび、少しだけ不安にかられたのは平部員達だけの秘密だ。それでいいのかキャプテン…。

「赤司ー、疲れたからちょい休憩ー!!」
「まだだ、あと30分は頑張れ」

熱気の篭る体育館、茹だるような暑さに耐え兼ねた葉山が申し入れた休憩を、赤司はばっさり切り捨てる。途端に膨れっ面になった葉山を見て部員の多くは「兄と弟の役割が逆転してる気がする…」と呆れ、また、そんなことを考えてしまうくらい家族ごっこに毒されている自分にドン引きしていた。

「赤司のケチー!」

幼い子どものように拗ねる葉山を、赤司もまた、呆れ顔で見つめた。しかしすぐににっこりと笑みを浮かべると、むうっと不機嫌な顔をしている葉山にゆっくり近づいて、言った。

「あと30分、がんばって。お兄ちゃん?」
「ーーっ!!頑張る!兄ちゃん超頑張る!」

末っ子がいかに強かでずるいいきものかを、見せつけられた瞬間である。同時に兄の馬鹿さ加減(チョロいとも言う)も露呈したのだが。

「ちょっとパパ、今の見た?うちの子たち超かわいいんですけど!」
「流石俺の子どもたちだな」
「あら、あたしの子どもたちよ」

そんな子どもたち(仮)を見てニヤニヤしている親馬鹿がふたり。口には出せないが、男子バスケ部の平部員の心はひとつだった。

(誰か、ツッコミが来い…!!!)


それはある夏の日の話。のちの黒歴史である。

2012/08/10

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