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キセキの世代、緑間真太郎をスカウトに行った(学力的に彼しか選択肢がなかったらしい)監督が、スカウトに失敗したにも関わらずずいぶんご機嫌で戻ってきたのは、もう半年前のこと。訝しがる部員達に機嫌良く応えた彼は、「緑間よりももっと良い人材を手に入れたからな」と、不気味なほど柔らかな笑顔で言ったのだった。そしてその半年後、やってきた「緑間よりももっと良い人材」に、洛山高校男子バスケ部全体に衝撃が走ることとなる。確かにある意味ものすごい人間を引っ張ってきていた。ただしそれは選手ではなく…

「今日から監督補助兼マネージャーになった赤司征だ」

監督補助兼マネージャーだった、ちなみに女の子。赤司征という存在の手強さを、無冠の五将と呼ばれた実渕達はものすごくよく知っていた。なにせあのくせのあるキセキ達を束ね、あんな化け物染みたレベルまで育てあげた人間だ。キセキの世代の無敗は彼女の存在無しでは成し遂げられなかったのでは?と噂されるくらい、彼女の手腕は見事だった。そんな、敵に回したら勝ち目のないような彼女が、今度は自分達の味方としてバスケに関わるという。それはとても心強い話だ。監督の紹介を聞きながら、実渕は密かにガッツポーズをとった。これでまたひとつ、勝利の可能性が増えた。そう、純粋にバスケのことを考えていられたのはそこまで。監督の後ろからひょこりと現れた紅い髪を持つ小柄な女の子に、実渕の意識は根こそぎ奪われることとなる。

小さくて細い肩、制服から伸びる白い手足、少し幼い顔立ちはくりりとまあるい目が愛らしく、けれど唇はどこか色っぽい。腰まで伸ばされた長く赤い綺麗な髪は柔らかく風に靡いて、埃っぽい体育館を艶やかに彩った。

「赤司です、よろしくお願いします」

なにこれ可愛い。

後に知ることだが、これは無冠三人に共通した第一印象であった。試合中はキセキ達の攻撃をどう跳ね返し、鉄壁のディフェンスをどう崩すかで頭がいっぱいで、正直中学時代のバスケで赤司の存在を意識したことはなかった。どのように試合を組み立てて来るかは意識していたのだが、赤司本人には興味がなかった、とも言える。おかげでその日の顔合わせまで、実渕達は自分達を苦しめてきたキセキの司令塔の姿形を知らなかった。いやまさかこんなに小さくて可愛いらしい子があんな意地悪く狡猾なプレイを組み立てるとは。

にこりと綺麗な笑顔を浮かべ、差し出された赤司の手を最初に握ったのは実渕だった。赤司の手は細く小さく、桜貝のような爪が飾りのようについていた。けれどその爪はところどころ小さな傷があり、指先は少し荒れていた。おそらくバスケの影響だろう。けれど、実渕にはそれが許せなかった。

せっかく可愛い外見してるのに、それを磨かないなんて宝の持ち腐れだわ!!

それは、実渕が赤司を構い倒すきっかけとなった瞬間。この時から赤司は、実渕にあれこれ弄られ手入れされる生きたお人形さんになったのだった。






「玲央、まだか?」
「まーだ!もうちょっと我慢なさい」
「…このままじゃなにもできないんだが」
「もう少しなんだから、そんなイライラしないの。早く乾くようにふーふーしてあげるから」

洛山高校には男女共に寮がある。男子寮と女子寮は左右に別れているものの、真ん中で繋がっており、一階はロビーと呼ばれる自由な休憩スペースとなっていた。因みに二階は食堂、三階以降は吹き抜けになっている。その一階の休憩スペースに置かれたソファのひとつに、実渕は深く腰掛けていた。膝の上に抱き込むようにして赤司を乗せている。実渕は赤司の肩のあたりに顎を乗せ、赤司の両手を掴んでふうっと何度も息を吹きかけていた。一見するととんでもないバカップルのように見えなくもないが、洛山の寮に住んでいる者にとってはもはや日常茶飯事の光景である。

きらり、と天井の灯りが赤司の爪に反射する。実渕が初対面のときに傷ついた桜貝のようだと思った赤司の爪は、週に一度、実渕がトップコートを塗って保護するようにしているおかげか、傷一つないつややかな淡い桃色に生まれ変わっていた。

「ほら、乾いたわよー」
「やっとか」
「あ、こら!まだだめよ、部屋に戻るのはハンドクリームを塗ってから」
「うー…」
「そんな顔してもだーめっ。ほら、お手手貸して?」

とても面倒くさそうに差し出された手に、丁寧にクリームを塗り込んでいく。ロクシタンの上品な甘い香りが彼女の手のひらを柔く包み、実渕は満足げに微笑んだ。そんな実渕に気づいて、赤司が呆れたようにため息を吐く。このとても愛らしい実渕の後輩は、自分を磨くことに関して全くの無頓着なのであった。せっかく可愛らしい容貌をしているというのに、自分を着飾ったり、爪や髪の手入れをしたりということは一切せず、ひたすらバスケバスケバスケな後輩を見かねて、実渕があれこれ手を出し始めたのは割と早い時期のこと。爪の手入れやフェイスケアの手伝い、洋服の管理まで、気づいたときには、実渕は赤司の私生活に関する様々な部分を管理していた。

そうして少しずつケアしていったら、赤司は吃驚するほど綺麗になった。もともとの素材が良いせいか、ほんの少し手を加えるだけで輝く。その変化がとても楽しくて、実渕は赤司に手を加えることに夢中になった。最初は嫌がった赤司も、今は諦めたのか、されるがままになっている。

「そうだ、征ちゃん。今度一度東京に帰るって本当?」
「ああ、ちょうど練習も休みだし、小太郎も帰省するって言っていたから一緒に行こうかと思って」
「そう。まあ小太郎がいるなら安心かしら」
「なにがだ…?」
「いいえ、こっちの話よ」

実渕の手が加わったことで、赤司はとても綺麗になった。それはとてもいいことだが、そのせいで赤司に惹かれる男が増えたという弊害も起こった。そんな赤司を一人で新幹線に乗せることが、実渕はとても不安だったのである。今回は葉山が一緒に行くようだからとりあえずは安心だけれど。

「可愛くなりすぎるのも困りものよねえ…」
「…玲央は僕にわかる言葉で話してくれないか?」
「これもこっちの話よ。征ちゃんは気にしなくていいの」
「だったらそろそろ放して欲しいんだけど」
「え?…ああ、そうね」

ぱっと手を放したら、赤司はやれやれといった様子で首を振り、ぴょんっと跳ねるように実渕の膝から降りた。その潔い離れ方は彼女らしいが、あっさり消えた膝の重みとぬくもりが少しさみしい。

「それじゃあ、また明日」

ひらりと手を振り、赤司はさっさと自室に戻っていこうとする。つれない態度の後輩は、それでも実渕の心をつかんで離さないから、本当にずるい存在だと思う。離れていく小さな背中。しゃらんと揺れる紅い髪。それに向かって、実渕は叫んだ。

「征ちゃん、今日はちゃんとトリートメントしなきゃだめよ!」
「……」
「あと顔も、ちゃんと手入れしてから寝るのよ!!ニキビ作ったら許さないから!」
「ああもううるさい!!わかった!わかったから!!」

くるんと勢いよく振り返った赤司は、鬱陶しさと恥ずかしさを混ぜ合わせたような表情で頬を赤くし、実渕を睨んだ。その珍しく子どもらしい顔に、実渕の顔は緩む。

ああもう、さすが自分が手を加えただけある。うちの子、超可愛い。




* * *
本当は東京に行ってばったり黒子に会っちゃって、可愛くなってる赤司ちゃんに黒子が動揺する話とか、そこに現れた小太郎先輩があっさり赤司ちゃんをエスコートしちゃって、焦った黒子がキセキ達にメールを回して最終的にキセキvs洛山みたいになるところまで妄想したんですけど力尽きましたです…

あとロクシタンのハンドクリームは完全にわたしの趣味です。ロクシタン好きなのです。

2012/08/09

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