土曜日、夜11時。
よし、明日は寝坊できるぞ!などと呑気に布団に入った記憶ははっきりある。
私の家、私の部屋、私のベッド、最近新調した布団に潜り込んで、すぐに意識を手放したはずである。

しかし、ナマエが次に目覚めたのは全く見覚えの無い部屋だった。
白を基調とした室内の大きなベッドに寝転がっていたナマエは、自身が下着しか身に纏っていないことにぎょっとした。
肌が直接布団に触れる感触に違和感を感じ、ベッドの付近に落ちているパジャマらしきものを拾い上げる。
それを身に纏い、そっと寝室の外に顔を出す。
どうやらここは2階のようで、下の階から生活音が聞こえる。
この家には、ナマエ意外の誰かがいるらしい。

物音を立てないように階段を下りながら、ナマエは先程の寝室の様子を思い出し、嫌な予感しかよぎらず戦慄していた。
ダブルベッド、下着姿の自分、もはやこれだけで何があったのか確定的だ。
しかし、ナマエははっきりと昨日自分がベッドに一人で入ったことを覚えている。
どこぞの男と一緒に眠りについた記憶などすっきりさっぱりそんな事は無い!

そう自身に思い込ませながら、カチャカチャと音がする一室を見つけ、すぅーと息を整える。
気合いを入れて、ゆっくりとドアを開くと、キッチンらしき場所に立つ半裸の男が視界に入った。
風呂上がりのようで頭にタオルを被っているため、顔は良く分からない。
しかし、風呂上がりであることも、上半身裸であることも、もはや昨晩何があったのか答えているようなものだった。

ナマエが呆然と立ち尽くしていたせいで、キッチンに立つ男が不意に振り返った。
しかし、なんとこの半裸の人物は非常に見覚えのある男だった。

「お、やっと起きたか。もう昼近ぇぞ」

飯適当に作ったから食えよー、と呑気に言うこの男は、間違いなくバレー部の黒尾鉄朗である。

「どうした、食わねぇの?」
「え…?黒尾君だよね…?」
「はぁ?なにボケた事言ってんだ」

ボケている?私の記憶がおかしいのだろうか?
ナマエが混乱している最中、黒尾は更に爆弾を投下した。

「お前も黒尾じゃん」
「……えっ?」

どういう意味、と問いただそうとして、リビングの固定電話付近に置かれている写真を見つけて、ナマエはついに言葉を失った。
品の良い写真立てに入っている写真には、タキシード姿の黒尾とウェディングドレス姿の成長した自分が写っていた。
呆気にとられたまま写真立てを眺めていると、机の上にベーコンエッグの乗った皿を置いた黒尾は、やっとナマエの異変に気づいたようだった。

「…あれ、お前なんか髪伸びた?」
「ねぇ、今何年の何月何日?」

黒尾の質問を聞き流して質問すると、怪訝そうな顔で今の西暦と日付を応えてくれた。
その日付が、ナマエが昨日就寝した日にちから10年程後経過していると知って、混乱する頭の中を整理する。
近場にあったテレビをつけてニュース番組にチャンネルを回し、年と日付を再確認し、怪奇現象でしかない今の状態を雑にまとめた。

「あのさ…黒尾君」
「…なんだよその呼び方、昨日やりすぎた事怒ってんの?」
「私、過去から来たって言ったら信じる?」
「はぁ?」

黒尾君は、お前頭大丈夫かよ、と言いたげな表情を浮かべた。



ことのあらましを説明すると、黒尾は半信半疑ではあるものの、なんとナマエの言う事をそれなりに受け入れてくれた。
その理由が、黒尾の知るナマエと比べて体があまり成熟していないから、などという下世話すぎるものだったために、ナマエは目の前の男を殴ってやろうかと本気で考えた。

「ふーん、じゃあお前今高校生なのか…そういや、ちょっと懐かしいかも」
「黒尾君って成長してもあんまり変わらないね」

高校の時点で既に大人っぽさがあった彼は、勿論今は大人特有の余裕のある雰囲気を漂わせているものの、ナマエにとっては大した変化には見えなかった。
それにムッとしたのか、黒尾はずいっと顔を寄せてナマエの顔を覗き込む。

生まれてこのかた、好きな人ができたことはあっても彼氏ができたことの無いナマエは、男の人に免疫は無い。
まじまじと見た黒尾の顔は、なるほど高校時代から人気があった奴らしく、結構整っている。
思わず顔を反らすも、意地悪くにやついた笑みを浮かべる黒尾は、ナマエを逃がさないように腰を抱き寄せた。

「ななな…離して!」
「おーおー、10代のナマエちゃんには、この俺の大人の魅力が分からないと?」
「近い近い近い…!」
「昨晩は、もーっと近かったぜ?」

ひとつになっちゃうくらい。

茶目っ気たっぷりに耳元で囁かれて、ナマエは頭が茹で上がって死んでしまいそうだ。
その様子を見て、楽しそうにけらけらと笑っている黒尾君は、するりとナマエの腰を撫でた。
ナマエは目を剥いて黒尾の胸板を押すが、成人男性だけあってびくともしない。

「じょ、女子高生に手を出すのは大人としてどうなの!?」
「将来俺の嫁なんだから大丈夫大丈夫」
「私が大丈夫じゃないの!」
「あー…でも、女子高生かぁ…なんか背徳感あっていいなぁ」
「変態!すけべ!」
「…そういや、お前のクローゼットに高校ん時の制服あったな…」

ナマエの言葉は耳に入っていないらしい。
黒尾の発言に嫌な予感しかせず、ナマエは半分泣きそうになりながら、たった今した決心を口にした。

「絶対…絶対に黒尾君とは結婚しない」
「はは、無理無理」


だってお前、俺の事大好きだもん。
と自信たっぷりに言う黒尾君の発言の根拠を、ナマエが知るのはあと数年後の話。

愛しの未来の旦那様

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