年も明け、一月中旬にある試験も終えた港は、とりあえず一段落ついていた。自己採点結果は、普段の自分通りの点数に終わり、後は1ヶ月後行なわれる大学の試験を受けるのみである。その試験結果によってその後また試験を受けることにもなるが、そこはまぁ考えないこととする。最後の追い込み期間に入った港ではあるが、そんなに毎日勉強ばかりするのも頭が痛くなるので、一日だけ気分転換に遊びに行くことにした。

「スケート久しぶりだなぁ」

 及川は氷の上に立っても尚、まるで歩いている時とはなんら変わりない。ス〜と当たり前のように滑って行く及川を眺めながら、港もなんとか後に続こうとスケートリンクに足を一歩踏み出す。しかし、氷の上では足下は微妙におぼつかず、すぐに手近の手すりに手を伸ばさないとバランスが取れない始末である。港とて元バレー部員、運動神経は悪く無い方なのだが、小さい頃ぶりのスケートとなると流石にスムーズにはいかなかった。ぎこちない動作で手すりに捕まっている港を見て、及川は意外そうな表情でゆるく振り返った。

「スケート苦手なの?」
「そういうわけじゃないよ、ちょっと久しぶりで感覚掴めないだけ。少し練習すれば慣れるはずだから」

 ふーん、と興味無さげに氷の上を滑っている及川は、そのまま華麗に一回転してみせた。見た目が整っているこの男は運動神経も良く、スケートは久しぶりにも関わらず、動作は手慣れたものだ。そこに悔しがるのはどうかと思うが、正直どこか負けた気がしてしまう。

「それにしても、受験生がスケートに来るって、なんだか縁起悪く無い?」
「何で?」
「ほら、試験に『滑る』っていう言葉に繋がるし」
「別に私がスケート滑ったくらいで、試験結果は左右されないよ」
「まぁそうだけどさ」

 張りつめてる人にはタブーな言葉ではあるんだよ、と及川は肩を竦めてみせた。

「私慣れるまで練習するから、及川は先に楽しんでてよ」
「……そう? じゃあ軽く滑ってこようかな」

 港の性格上、一人で練習をさせて方が良いと思ったのか、及川は素直にその提案に乗って一人で滑りにいった。それを見送り、港は及川が見ていない間に氷の上を慣れようと歩き始める。小学生の頃はスイスイ滑れたんだけどなぁ…と過去の記憶を引き出しながら、とりあえず前進する。全く足下がおぼつかないというわけではないので、少し練習すれば直ぐに昔の感覚を思い出すだろう。ふぅと息を吐き、何の気なしにスケートリンクを見回して、港は及川の姿を探す。見慣れた茶色い髪と黒いコートを着ている男を捜す事数秒、目的の人物は、なにやら女の子数人に声をかけられ立ち止まっていた。女の子に声をかけられている及川を遠目に眺めながら、港はムスリと口を尖らせる。相変わらずと言えば相変わらずではあるが、面白く無い事は事実である。「先に滑ってて貰うんじゃなかった」と密かに後悔しながら手すりに捕まり、のろのろと進んでいると、不意に「危ない!」という声が耳に入った。反射的に「何だ?」と顔を上げた港は、至近距離に迫っている男の人を視界に入れて目を見開いた。スピードが思った以上に乗ってしまったのか、慌てた形相の男は猛スピードで滑りながら、港の方へと突っ込んできた。ドォン! とそれなりに大きな音が響き、周辺で滑っていた人達の視線が集中する。港は手すりにつかまったまま硬直し、それを挟み込むように突っ込んできた男は、手すりについた両手の間にいる港を見てから、慌てたように口を開いた。

「す、すみません……! 怪我は……?」
「無いです、大丈夫です」

 腕と腕の間という狭い空間に閉じ込められ、港はぎこちなくも無事を伝える。それよりも、この男の人に迫られているようなこの状況から解放されたい。そろりと視線を逸らすと、目の前に立っていた男の人はなんとか港の正面から移動し、手すりに捕まった。壁にぶつけた足先が痛むのか、暫く痛みに悶絶してから、突っ込んで来た男の人は港に顔を向ける。

「本当にすみません……スピードが思ったより出っちゃって止まれなくて……」
「いえ……」

 お互いに気まずげに顔を合わせながら、適当にいくつか言葉を交わして、男の人はス〜と先へと滑って行った。少し先の方に、こちらの様子を窺っている男女の集団が見える。きっと彼とスケートをしに一緒にやって来た友人達なのだろう。「何迷惑かけてんだよお前」と彼へとかける言葉が聞こえた気がしたので、恐らく間違いはない。あぁ、それにしても、びっくりした。

「……ねえ、何やってるの?」

 ふぅ、と港が一息ついた瞬間、背後からかられた声に港は肩をびくつかせた。もしかして、さっきの現場を見られたのだろうか。そう思いながら振り返ると、そこには予想通り及川が立っていたのだが、背後に二人程の女の子をひっかけていた。「何やってるの?」とはこちらのセリフである。スケートリンク一周しただけでナンパを引き連れてくるというのは、なかなかに凄い事ではないだろうか。港が呆れ半分、感心半分で及川を見上げていると、及川はあからさまなため息をついた。

「一体どうやったら、さっきみたいな事になるんだよ……」

 全く……と続けて、及川はスムーズな流れで港の隣に並んだ。ギッと音を立てて氷の上で立ち止まり、及川はむすりとした表情で港を見下ろした。

「しょうがないから、お前が慣れるまで練習につきあってあげるよ」
「はぁ……」

 上から目線のような発言ではあるが、どこかムスッとした様子の及川に、港は眉を潜める。なんだろう、まさか先程の事でヤキモチでも妬いているのだろうか……? なんて考えてはみたが、及川に限ってそれはないだろう。現に隣に立つ男は、引き連れてきた女の子に笑顔で「ごめんね、一緒に滑れないや」と言って優しく断わりを入れていた。残念そうにしている女の子達に謝って、及川は再び港の方へとくるりと振り向く。その際に揺れた赤いマフラーは、クリスマスにプレゼントした港のお手製のものである。一緒に出かけるとあってか、港をからかいたいだけなのか、わざわざそれを身につけている辺りが憎らしい。マフラーなんて色んな種類のものを持っているくせに……と心の内で悪態をついている港を他よそに、及川によるスケート教室が始まった。
 及川は港の手を引いて、手すりに捕まらずとも滑る事ができるようにサポートをしてくれたのだが、当の港は及川に手を握られていることにばかり意識が向く。男にしては綺麗な手だと思っていたのだが、実際に触れてみると意外と節くれ立っているし、指も長いく、女の自分とは全く違うそれにドキリとする。手袋越しではあるものの分かってしまう男女の差を実感し、港は少しだけ緊張する。それに気をとられて上の空になっている港に「ねぇ、俺の話聞いてる?」と及川は呆れたように投げかけつつも、なんだかんだで慣れるまで練習に付き合ってくれた。割りと早々にコツを思い出し、一人で滑る事ができるようになった港は、ここで及川の手を離すのを名残惜しく思った。スケートを教えて貰うというような理由が無いと、素直に手を繋ぐ事もできない。そう思うとなんだか勿体ないし、まだ滑れないふりでもしてしまおうかと思ってしまう。なんだか急に乙女思考に陥っているような気がするのだが、恐らく気のせいではないだろう。恋というのは凄いな……などと妙に感心しながら繋いだ手を眺めていると、不意に及川が吹き出した。

「ぶっくく……」
「……何笑ってるの?」
「いや、お前……」

 肩を震わせながら及川はニヤリと笑い、握っていた手をなぞるように指を滑らせ、流れるように港の右手の指を絡めとった。温かい布越しに、指と指の間に侵入する及川の指に内心で悲鳴を上げ、パクパクと鯉のように口を開閉する港を見下ろしながら、及川は可笑しそうに口を開く。

「意識してるの、バレバレだよ」

 きゅっと手を握られて、港は心臓も同じように締め上げられたのではないかと錯覚する程に茹で上がった。「何言ってんの!」なんて言って慌てて右手を引っ込めてみても、ニヤニヤと笑う目の前の男は動じない。完全に掌の上で転がされている。そう理解したところで形勢は変わらず、咄嗟に港は慣れた足取りでさっさと氷の上を滑って行く。逃走を図った港に「あっ!」と声を漏らした及川は、後で「あの時のお前の滑りが一番様になってた」と褒め言葉なのか良く分からない言葉をくれた。
 なんだかんだありつつもスケートを楽しんでいると、いつの間にかお昼の時間にさしかかっていた。時間も時間ということもありお腹が空いたので、一旦スケートリンクを離れてフードコートへと向かう。寒い場所とあって、広めのフードコートには温かい食べ物がたくさん揃っている。カウンター前に置かれたメニュー表を眺めている及川の隣で、港はふと近場にあった自動販売機に視線を奪われた。ジュースの並ぶ自動販売機の隣、スーパーで良く見かけるカップラーメンの並ぶそれを眺めていると、無性に食べたくなるのは何故だろう。

「有馬、何食べる?」
「……カップラーメン食べようかなぁ」
「えぇ?」

 ここまで来てそれを食べるのか? と言いたい及川の気持ちは良く分かる。しかし、その場のテンションというものなのか、食べたいという衝動は抑えられない。なんだか微妙な表情の及川の視線を振り切り、港はカップラーメンの自販機の前に立つ。これといって珍しいものはないが、個人的に好んで食べている味のものを選び、お金を投入してボタンを押した。

「……なんか、俺もそれ食べたくなってきた」

 後ろからひょっこりと現れた及川も、先程の微妙な表情から一転、もの欲しそうにカップラーメンを眺めている。他人が食べているとなんとなく欲しくなる気持ちは分かるので、港は特に意見も無い。そして案の定、及川までカップラーメンを購入し、二人してカップラーメンをすすることとなった。人類の偉大な発明品であるインスタントラーメンには何の落ち度もないのだが、デートでカップルが食べるものに適しているかと言われると、恐らくそれはないだろう。

「こんなところに来てまで、なんでカップ麺食べてるんだろ」

 ズズズと麺をすすりながら、及川もどうやら同じ事を考えていたようだ。恋人同士のムードというものが圧倒的に欠落している二人ではあるが、なんとも自分達らしいとも思う。だからこそ嘆きはしてみても、居心地は悪くない。

「でも美味しいよね」
「……まぁね」

 そうして色気のない音をたてながら二人でカップラーメンを食べていると、不意にひそひそと話す声が耳に入った。丁度港の後方から聞こえるそれは、そんなに距離の離れていない場所で、何やら相談事をしているようだった。

「ほら、行って来いよ」
「……いやでも、一緒にいるの彼氏だろ。絶対に気まずい」
「女の勘だけど、多分あれは違うよ。あんなかっこいい彼氏とデートでカップラーメン食べると思う?」
「……確かに」

 男女数名がこそこそと話しているものが何なのかは分からない。しかし、彼らの会話無内容に酷いデジャブを感じる。前にも似たようなことが無かっただろうか……と港がそろりと顔を上げると、及川は眉を潜めて港越しの後方へ視線を向けた。きっと男女の集団がそこにいるのだろう。ズズ……と麺をすするのは相変わらず、及川は息を潜めるように静かになった。それに居心地の悪さを感じていると、港の後方に人の気配が近づいて来た。「あのー……」と遠慮がちにかけられた声に、港はカップ麺をテーブルに置いて振り向いた。
なんとなく相手が誰なのか予測できていたから驚きはしなかったが、照れくさそうにしている相手を認めて、港は思わず固まる。
まるで男の人には免疫のない港がポカンとしていると、今日スケートリンクで港の方に誤って突っ込んできてしまった彼は、頭をかきながら口を開く。

「……今日、君に迷惑かけちゃってごめん。これ、お詫びにどうぞ」

 大したものじゃないけど、と言いながら差し出されたのは、温かい紅茶だった。恐らく自販機で購入したものなのだろうが、あまり見かけない珍しいパッケージである。何処で買ったのだろう、という港の思考を先読みしてか「このスケート場の限定品なんだ」と教えてくれた。どうやらわざわざ買ってきてくれたものらしく、港は逆に申し訳なくなってきた。お詫びと言っても、衝突からはギリギリ回避できたのだから気を遣わなくてもいいのに。

「ありがとうございます」
「いやいや、俺の方こそ本当にごめん」

 港が紅茶を受け取ると、彼は「それじゃあ!」と言ってそそくさとこの場から去っていった。「なんですぐに戻って来てんだよ」と友人達にたしなめられながらも、男女の団体はこの場から離れて行く。どうやらスケート場から引き上げるつもりらしく、出口に向かって歩いて行く彼らを眺めながら、及川はボソリと呟いた。

「律儀だね、あの人」
「そうだね。別に気を遣わなくてもよかったのに」

 手の中にある紅茶はほかほかと温かい。きっと買ったのもつい先程なのだろう。申し訳ないなぁ……とは思いつつ、折角貰ったのだからと早速ジューズの蓋を開け、港は限定品の紅茶を一口飲んだ。女性向けの商品だからなのか、温かいせいなのか、口に広がる紅茶は甘い。

「美味しい?」
「美味しいよ、結構甘いけど」
「ふーん……俺にもちょっと頂戴」

 ん、と言って片手を差し出した及川に、港は深く考えずにペットボトルを渡す。及川って甘いジュース好きだっただろうか……なんてぼんやりと考えているそばで、及川がペットボトルの縁に口を付けた瞬間、港はハッとして動きを止めた。「ちょっと待って」と口に出す勇気もタイミングもないままに、及川はペットボトルの紅茶をコクリと飲み込む。それを眺める事しかできない港は、羞恥を感じている事が居たたまれず、言葉も出ない。間接キス……などと#脳内花畑状態で呆然としていた港だが、しかし。及川は一口どころか、紅茶の入った小さなペットボトルをどんどんと傾けていき、港がハッと現実に意識を引き戻した時には、紅茶は空になっていた。中身の無くなったペットボトルをカン! とテーブルの上に置き「あっま……」と不満をたれる及川に、港は口元を引きつらせる。

「ちょっと、何で全部飲んでるの?」
「このペットボトルの内容量少な過ぎるんだよ」

 お前は2リットルペットボトルの方がいいんじゃないの? などとからかい気味に笑う及川に、港は苦笑いを浮かべる。話の論点はそこじゃないだろう。そう言い返したいところではあるが、どこか楽しげに港を見つめる及川の視線が気恥ずかしくて目を逸らす。先程の紅茶程ではないが、微かに甘さを含んだ空気にいたたまれない。もしかしたら、間接キスだと意識してしまったことが、バレているのかもしれない。

「……あのさ、こんなこと聞くの凄く今更なんだけど」

 さり気なく話題を逸らした及川に気づかぬまま、港はゆるりと顔を上げる。カップラーメンをすでに平らげてしまったのだろう、及川はラーメンの蓋を二つに折り畳んで、空のカップの中にコトリと落とした。

「お前、卒業したらどうするの?」
「………」

 ついに聞かれてしまった、と港はゴクリと息を飲んだ。これといった機会もなく、及川も及川で特に追及してくることもなかったので、港は自身の進路については詳しく話していなかった。はっきりと決めたのは最近の話でもあるので、当然といえば当然ではある。及川も、港が悩んでいるのを察して急かしたりせず、自分から教えてくれるのを待っていてくれたように思う。しかし、大きな試験を越えても尚港が報告に来ないものだから、流石に気になったのだろう。

「何、そんなに言いにくいの?」
「い、いや! そういうわけじゃないんだけど……」

 正確に言えば、言いにくい事ではある。しかしその理由は、成績がとても志望校に足りないだとか、及川と随分と物理的に距離ができてしまうだとか、そういう悪い意味ではない。むしろ良い意味ではあるのだが、これを聞いた及川の反応を想像すると、港は中々に切り出す勇気が湧かなかった。このタイミングで言ってしまわないと、このままずるずると先延ばしにしてしまいそうではあるので、港はなんとか腹をくくる。残り少なくなったカップラーメンの容器を箸でかきまぜながら、港はゆっくりと口を開いた。

「……東京の大学に行く」
「……は?」

 カップ麺を持ったまま、及川は間抜けな声を漏らした。今自分の耳が拾った言葉は何かの間違いではないのだろうか? と疑いの眼差しを港に向けるのも仕方がない。港の進路の詳細を知らない及川ではあるが、流石に港が進路をどうしようかと考えあぐねていた事は知っている。行く大学はどこでもいいかなぁ、と言った港の発言から、てっきり地元に残るものだと思っていたのだろう。それはそうだ。目的も何も無いのに、東京にまで行くのは中々にない。

「お前、東京に来るの?」
「うん」
「……何で?」

 当然の疑問に、港は一瞬どう言おうかと悩んだ。

「……将来どうするか、大学生になってから決めるつもりだったから。試験に受かれば、進学先は正直どこでもいいんだ」
「……はぁ」
「別に遠距離でも大丈夫かなとは思ったんだけど……。及川は東京に行くし、どうせなら一緒の土地に行ってみようかと思って」
「………」

 正直に言うと、東京の大学へ行く及川と、近い場所に居たいと思ったのが本音だ。折角心身共に恋人になったというのに、物理的な距離というものができてしまうのは口惜しい。『初めての恋愛に浮かれた高校生』という言葉が今の港を表すのに最も適しているだろうが、そのためならばと勉強を頑張れたのも事実である。
家族に東京の大学に進学したいと、理由も洗いざらい打ち明けた時には流石に驚かれたし、やんわりと説得をされはしたが、最終的には港の意思を汲んでくれた。「及川君を家族にすると思えば、安い投資かもな」と零した兄の発言が決定的だった。しかし、こんな本音を言ってしまうのは流石に恥ずかしく、中途半端に素直になりきれぬままに理由を白状した港をよそに、及川は先程から動きを止めてポカンとしている。何か反応を示してもらえないと、港とてどういう態度をとればいいか分からない。そうして二人の間に沈黙が流れる事、五秒。その間に、フードコートに設置されているテレビから「もう彼の事大好きで、上京しちゃったんです!」と話す、最近結婚報告をした女優の声が聞こえた。

「……お前、実は相当俺の事好きでしょ」
「……言ってなよ」

 やっと言葉を発した及川は、未だ呆気に取られたままだった。そんな目の前の男の様子に、ついに羞恥に耐えられなくなった港は空になったカップ麺を片手に立ち上がる。「ゴミ捨ててくる」とそそくさと背を向けた港を追いかけるように、及川もゆっくりと立ち上がった。

「待ちなよ」
「待たない」
「可愛く無いな〜本当」

 港の方が先に歩き出していたとはいえ、及川と港ではコンパスの長さが違う。さっさと歩くだけですぐに追いついてしまった及川は、やや乱雑に港の頭に手を置いた。そのままわしゃわしゃ、と港の頭を撫でるその所作は、犬や猫にするそれと同じである。折角髪型を整えてきたのに、という港の抗議の視線を受けても、どこ吹く風といった様子である。そうして機嫌良さげな及川は「帰りに2リットルの紅茶買ってあげるよ」なんて、港に嬉しそうに軽口を叩いた。

ステルスジェラシー

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