クリスマスデートの序盤、及川と少し揉めはしたものの、なんとかそれも丸く収まり、正真正銘『恋人』というものになった。そんな嬉し恥ずかし空気をまといながら、二人はデートを再開することとなった。

「こちら、ブルーベリーワッフルになります」

 女の店員さんが丁寧な動作で、港の目の前にお皿をコトリと置いた。薄く平らなシンプルなお皿には、アイスやクリーム、ブルーベリーをはじめとした果物と、この店自慢のワッフルが添えられている。こんな洒落たものを日常的に食べない港は、目を白黒させながら目の前のお皿を凝視する。雑誌などで見かけたことはあるが、実際にこんな見た目が綺麗なデザートというものを間近で見たのは初めてだ。未知のものを目の前にし、若干固まりつつある港に気づいて、及川は呆れたように口を開いた。

「なんで食べ物にガン飛ばしてるんだよ……」
「ガ……ガンは飛ばしてないってば…」
「友達とこういう店来ないの?」
「行った事あるけど、こんなに綺麗なお菓子が出るところは初めて」
「ふーん」

 お洒落なカフェにあまり行かない港にとっては、女子高生御用達のこのワッフルでさえキラキラと輝いて見える。そんなワッフルに恐る恐るフォークを突き刺し、ゆっくりと口に運ぶ。

「美味しい……」
「それは良かった」

 静かに感動している港を見やり、及川は半笑いで自身が注文したワッフルにフォークを突き立てた。行儀良くワッフルを切り分け、たっぷりのクリームを乗せて口に運ぶ様のなんと優雅なことだろう。そんな及川の動作の真似をしてみた港ではあったが、フォークを突き立てた瞬間、丸いブルーベリーが弾かれてしまい、テーブルの上に転がった。口にはしないものの「何やってるの?」と言いたげな視線を向けられ、慌ててブルーベリーを回収する。何故女の私より及川の方が手慣れているのか、と悔しく思うが、これが経験の差というものなのだろう。しょうがないことなのだと、港は無理矢理自分を納得させつつ、二口目を口に運ぶ。

「及川はこういうお店に良く来るの?」
「あんまり。俺、外食するって言ったら、大体学校帰りのラーメンだし」
「まぁ……そうだろうね」

 学校帰りに部活仲間と連れ立ってラーメン屋に向かう姿は、何度も目撃をしたことがある。しかし、こういうお店にそんなに来ないということは、その食べ方の綺麗さは天性のものだとでも言うのだろうか。神様はつくづく平等ではないなぁ…なんて考えていると、そこでふと数ヶ月前の出来事を思い出した。

「前のバレーの公式戦でさ」
「うん?」
「及川の事凄く応援してる女の子達が話してることがちょっと聞こえたんだ。『及川さんって、毎朝カフェなんかでコーヒー飲んで、優雅な時間過ごしてそうだよね』ってさ」

 及川の見た目に騙されて可哀想に。この発言を聞いたとき、港はとんだ幻想を抱いている彼女達に声をかけてしまいたくなった。及川は朝あんまり得意ではないし、部活の無い日の朝学校で会うともの凄くぼけっとしていることが多い。「寝坊して朝ご飯食べてない……」とぼやいているこの男の姿を見たら、どう思うだろう。そうしてニヤリと港が笑うと、及川は苦笑いを浮かべた。

「今の話聞いたら、あの子達がっかりするね」
「……そんなところもギャップあって良い、ってなるかもしれないじゃん」

 むっと言い返して来る及川に、港は呆れる。

「凄い自信」
「事実を言っただけだよ」
「その自信を分けて欲しいわ」

 まぁ、その自信を持っても問題がないというのが、及川の凄い所でもあるのだが。

「で、次はどこに行く?」
「どこでもいいかなぁ…及川どこか行きたいところ無い?」
「……お前さ、人をデートに誘っておいて少しは考えときなよ」

 まぁそうだろうとは思ったけど……とぼやく及川は、綺麗に切り分けたワッフル二切れにフォークを突き刺し、そのまま口に突っ込む。及川は最初の方は行儀良く食べていたというのに、いつの間にかその所作が雑になりつつある。しかし「考えときなよ」と指摘され、ハッとした港は急に申し訳なくなる。自分から誘っておいて、確かに投げやり過ぎたかもしれない。

「ゲーセン行く?」
「……クリスマスに?」
「クリスマスキャンペーンで、今くじびきやってるよ」

 財布からこの前もらった福引券を取り出すと、及川はなんとも言えない顔をした。お前そういう情報には詳しいよね……という及川の発言が、褒めているわけではないということは分かった。
 そうして、クリスマスで人の賑わう通りを抜けて、ガチャガチャピコピコ騒がしいゲームセンターにやって来た。クリスマス仕様に飾り付けられたフロア内を、何かめぼしいものは無いかと二人でうろつく。

「ねぇ……あの変なぬいぐるみ、有馬に似てない?」

 及川がにやけ顔で指差した先には、透明なケースの中で山盛りに積まれたクマのキャラクターのぬいぐるみがあった。よく見てみると、クマそれぞれのポーズや表情はそれぞれ異なっている。そのぬいぐるみを取れるUFOキャッチャーの外側には「やるきベアー」というキャラクターの名前が書いてあった。たしかに「やるきベアー」というだけあって、なんだか強そうな体格をしたクマである。腕辺りに血管まで浮き上がらせているぬいぐるみを眺めてから、及川は小馬鹿にするようにチラッと港に視線を向ける。

「どの辺が似てるって?」
「やる気満々な感じが」
「……へぇ」

 やる気の『やる』が、殺意の意味でとれる言い方である。まぁ及川にはそんなことを言われ慣れているので、今更なのだが。

「あれ、取ってあげようか?」
「……取れるの?」
「まぁ、任せなって」

 港もそれなりにゲームセンターに遊びに来るが、UFOキャッチャーの腕はからきしである。男子高校生がよく、UFOキャッチャーで景品をゲットしている姿を見かけるが、それをいつも羨ましげに眺めているのが港だ。任せろと言うくらいなのだから、及川はそれなりにゲームの腕に自信があるのだろう。そういえば、及川達がゲームセンターに寄り道しているところを見たことあるなぁ……などと考えている間に、及川の操作するアームはぬいぐるみの群れの中に突っ込んだ。取れるのだろうかとドキドキしていたのだが、群れの中から引き揚げられたアームには何一つひっかからず、元の位置へと戻ってくる。
 任せろ、と言ったのは一体誰だったか。どこからどうみても、失敗である。

「……恥ずかしくない?」
「黙りなよ」

 もの凄く爽やかな笑顔で、及川は抑圧的な事を言う。はいはい黙りますねーと棒読みで答えると、及川はさり気なく百円玉を追加投入し、ボタンに手を添える。どうやら、もう一回挑戦するらしい。

「こういうのはマッキーが上手いんだよねぇ……」

 ぼそりと本音を吐き出す及川の声を聞きながら、港は動くアームを眺める。落ち着いた真剣な表情でボタンから手を離した及川は、再びぬいぐるみの山に沈むアームを眺める。そして再び上昇した緩いアームには、一匹のクマのぬいぐるみがひっかかっていた。移動中の振動で何度も落ちそうになったりはしたが、なんとか取り出し口に辿り着き、ぽとりと落ちる。

「あ、とれた」

 取った本人がやや驚いている始末である。

「UFOキャッチャーに自信あったんじゃないの?」
「いや、あんまり」

 ちょっと見栄張っただけ、と正直に打ち明けた及川は、取れたぬいぐるみを手にとり、まじまじと眺める。

「やっぱりこれ、有馬に似てるよ」
「……そう?」
「そうそう、この凶暴そうなところとかね」

 ニシリと笑い、及川は港の目の前に取れたクマのぬいぐるみを掲げてみせた。からかわれていると分かった港ではあったが、及川の楽しそうな様子に不意をつかれ、咄嗟に何も言い返せない。

「はい、クリスマスプレゼント」
「……いいよ、もう。及川が持って帰りなよ」

 いつもより機嫌良さげな及川から視線をそらし、港は手に持った福引券を手にスタスタと歩き出す。明らかに浮かれた雰囲気の及川を見ていると、自分は及川に好かれているのではないかと自覚してしまう。確かにそうなのだが、それをまざまざと思い知らされると冷静でいられない。勝手に歩き出した港に文句を言いつつ追いかけてきた及川も、港が一人で茹であがっていることに気付く。

「なに、今更照れてるの?」
「照れてない!」

 呆れた様子の及川を振り切るように歩き、港はクリスマス特設のくじびきコーナーに移動する。コーナーで待機している店員さんはなんだか疲れた様子ではあったが、港が勢いよく福引券をカウンターに置くと、笑顔でくじの箱を抱えて持ってきた。どうやら二回くじができるようで、港と及川でそれぞれ一回ずつ引くこととなった。

「あー……私ハズレだ」

 折り畳まれた紙を開き、そうぼやく港の言葉を聞きながら、及川も手の中のくじを開く。

「……あ、俺当たり」

 及川がぺらりと港に見せてきた紙には、手描きの文字で『D賞』と書いてある。このくじをひくための福引き券を持っていたのは港のはずなのに、当たりを引いたのは隣の男とはこれいかに。微妙な顔をしている港をよそに、及川は当たりのくじを店員さんに渡す。内容を確認した店員さんは一旦奥に引っ込み、数秒後に両腕で抱える程の箱を持って戻って来た。箱の中にはたくさんのぬいぐるみやおもちゃがあり、店員さんに「お好きな物をどうぞ」と差し出されたそれを、二人で吟味する。

「どれにする?」
「うーん……わりとどれでもいいんだけど……」
「じゃあこの一番大きいやつにしようよ」
「ええ……これ持って歩くの大変だから嫌だよ」

 なんでも大きいものがいいとか、小学生の発想でしょ……と言いながら、及川は適当に手に収まるくらいのうさぎのぬいぐるみを手に取る。頭には銀色のチェーンが繋がっており、ストラップにもできるそのキャラクターには『寂しがりラビット』というタグがぶら下がっている。先程、及川がUFOキャッチャーで取ったクマのぬいぐるみとネーミングセンスが似ていると思えば、どうやら同じ会社のシリーズ商品らしい。寂しがりラビット、と言うだけあって、丸い目をうるうるとさせているウサギのぬいぐるみを眺めてから、港はふと及川を見上げる。

「なんだかそのウサギ……ちょっと及川に似てるね」
「……そう?」

 あまり納得のいかなそうな及川ではあるが、丸い大きな目と、相手に泣いていないと悟られぬようにしているらしい強気な表情のウサギは、雰囲気が及川に似ている気がした。それがいいんじゃない? とぬいぐるみをつんつんとつつくと、及川は暫くウサギを眺めてから、店員さんに「これにします」と声をかけた。ゲームセンターで手に入れたクマのぬいぐるみとウサギのぬいぐるみをポケットに突っ込んだ及川と、暫くゲームセンターで遊び回り、気がつけば時刻は夕方になっていた。まるで友人と遊びに来たような感覚ではしゃいでしまい、これは本当にデートなのか? と疑問に思いはしたが、及川も楽しそうだったので、そんなことはどうでも良くなってしまった。及川と一緒にいるのは楽だ。気を遣わなくていいし、向こうも港には気を遣わない。それをお互いに了承しているが故に、気がしれた仲と言えるのだろう。本当の恋人になったというのに、甘い雰囲気になる事も無かったが、そんなにすぐには切り替えられないだろうから仕方が無い。
 ゲームセンターを後にし、駅周辺をうろついてから、お腹が空いた辺りで近くのお店で夕飯にありつく。及川がクリームパスタを、港がハンバーグを注文し運ばれて来たそれを頬張っていると、及川は可笑しそうに笑い始める。一体何がツボに入ったのか、肩を震わせている及川に首を傾げる。そんな港の様子に気づいた及川は、楽しそうに頬杖をつく。

「なんか、お前とデートっぽいことしたの、今日が初めてだよね」
「そう? デートなら前にもしたでしょ」
「そうだけどさ……気持ちの問題というか……」

 うーん、と悩んでから、及川は少しだけ思案する。今日だけでこの男のいろんな表情を見た気がするなぁ、なんて港がぼんやりと考えていると、考えのまとまったらしい及川がゆっくりと口を開いた。

「だってお前、俺の事好きなんでしょ?」
「……」

 何故急にその話題を持ち出すのか。ぐっと息を詰めた港の様子を眺めながら、及川はなんら変わりない口調で話を続ける。

「俺と付き合い始めてから、お前わりと動揺とかはしてたけど、正直何考えてるのかは良く分からなかったんだよね」
「……はぁ」
「脈あるのかなーとか思ってたら、そうでも無さそうだったりしてさ。何で俺、有馬に振り回されてるんだろうとかたまにムカついてたし」
「……」

 ハァ〜と疲れたように肩を落としてみせた及川を正面に捕えながら、港は内心で「それはこちらの台詞だ」とぼやく。私だって、恋人というものが初めてで、及川には随分と振り回された気がする。その経験者からひとつ言わせて貰うならば、及川徹というこの男は、恋愛初心者が最初に付き合う相手には向いていない。

「でも、まぁ……今日その辺がはっきりしたからなのかな。なんだか、いつもとは違う気がする。変な感じがするというか、調子が出ないというか」
「……パンチングマシーンであんな高得点出しておいて?」
「それはそれだよ」

 昼頃、一緒にゲームセンターを回っていた時に、及川はケロッとした顔でパンチングマシーンを殴って新記録を打ち出した。近場でレースゲームをやっていたカップルが振り返る程の凄まじい音に、こいつ本当に人間か? と戦慄した港である。「ちょっと本気出しちゃった」とか可愛らしく言う及川からあの強烈な一撃が放たれたのかと思うと、港は今後及川とはできるだけ喧嘩しないようにしようと心に誓った程である。ほんの数時間前の出来事を思い出しながら、楽しげに頬杖をついて笑う及川と視線を合わせる。それがとても気恥ずかしくてむず痒く、港はそろりと視線を逸らす。犬猿の仲と言われた私たちの関係は、随分と変わってしまった。

「お前が俺の事好きだって分かってるから、あぁ今デートしてるんだなぁ……ってしみじみと思うよ」
「……なにそれ」
「まぁ、一般的なデートとは何か違う気がするのは払拭できないけど」

 まぁ、俺達らしいかもね。そう呟いて、及川は綺麗にパスタをフォークで巻いた。

 そうして夕飯を済ませ、駅付近のイルミネーションで有名な通りを二人で歩く。周りに圧倒的にカップルが多い中歩いていると、自分たちもその一組であるのだと思うと、なんだか不思議な感じだ。

「人多いなぁ……あっちのツリーとか近づけなさそう」

 人ごみの多さにげんなりしている及川の声を聞きながら、港は今朝からずっと手に握っていた紙袋をぎゅっと握りしめる。『及川に好きだと伝える』という今日の目標は達成され、残るは『手編みのマフラー』をプレゼントするのみである。「なんかあれギラギラし過ぎじゃない?」と言って過剰に飾り付けられた木々を指差す及川を横目に、港はスゥと深呼吸する。

「……及川」
「何?」

 寒さでかじかむ手をポケットに入れ、何気なく港の方を見た及川は、港が差し出した紙袋を見て動きを止めた。今朝からずっと手に持っていたそれを改めて差し出すとなると、なんだかとても恥ずかしい。及川も相当に驚いたらしく、暫くは紙袋を受け取らずに港をじっと眺めていた。

「……ちょっと、受け取ってよ」
「あ、うん……」

 港の発言に押し負けるように、及川は差し出された赤い袋を受け取り、中に視線を落とす。中身には更に赤いビニールの袋で包装しているため、内容物がマフラーであるとは気づいていないだろう。

「……正直、クリスマスプレゼントなのかな? とは思ってた」
「うん」

 まじまじと紙袋に視線を落とした後、及川は再び港を正面に捕える。

「でもお前、この袋今日いろんなところにぶつけてたじゃん?」
「……」
「まさか、彼氏へのクリスマスプレゼントをそんな雑な扱いしないよな〜……とも思ってたんだけど」

 有馬って期待を裏切らないよね……なんて半笑いで言われてしまい、港は数時間前の自身の行動を振り返る。ゲームセンターを一緒にうろうろしている時が主にではあるが、クレーンゲームやアーケードゲームの機械の傍を通る際、確かに及川へのプレゼントを何度かぶつけた。ぶつける度に「まずい!」とは思っていたのだが、その様を及川はバッチリ把握しているらしかった。「ごめん……」と港が素直に謝ると、及川は大して気分を害した様子もなく「いいよ」とふっと息を吐き出した。

「ありがとう」

 照れくさそうに笑った及川を見て、港の心臓はふわりと浮き上がる。喜んで貰えたのだと理解し、じわじわと自身の中で温かいものが広がっていくのが良く分かった。そうして、口元をむずむずとさせている港の様子に気づき、及川は悪戯を思いついたかのようにニヤリと口端を上げる。

「よーし、じゃぁ何くれたのか確認しないとね〜」
「今!? ちょっと待って!」

 慌てて静止の声を上げたのも虚しく、及川は紙袋から中身を取り出し、あろうことか包装袋からマフラーまで取り出してしまった。男の人でもサイズに余裕があるよう、幅も太めに長めに編み上げたそれを目の前に晒されると、港は羞恥で穴があったら入りたい気分に陥る。

「……えっ、これもしかして手編み?」
「……」
「お前が編んだの?」

 まじかよ、とでも言いたげに驚愕の表情を浮かべる及川に、港は口元をひきつらせる。それはどういう意味なのか、羞恥に苛まれながらむっとしたりと、中々に忙しい。

「何よ、悪い?」
「……いや、悪くないけど、お前編み物なんてできるんだね」

 妙に感心した様子で、及川は今現在自身が巻いているマフラーを首から解いてから丁寧に畳み、港のクリスマスプレゼントの入っていた紙袋にしまいこむ。そして手に持った深い赤色のマフラーを首に巻いてみせた及川は、港に視線を落として首をやや傾ける。

「どう?」
「……どうって、似合うんじゃないの?」
「まぁ、俺は何でも似合っちゃうからね」

 フフン、と鼻で笑い自信ありげな発言をする及川をじとりと眺める。その自意識過剰に受け取れる発言を否定できないというのは事実ではあるが、もう少し謙虚にはできないのかと港は呆れる。そんな港の視線に気づいていながら、及川は大して気にとめることもなく、右手をシックなコートのポケットに手を入れる。

「有馬、手出して」
「……?」

 言われるままに手を差し出すと、及川はポケットの中から小さなパッケージをするりと取り出し、それを港の手のひらに落とした。一瞬何なのか理解できなかった港だったが、パッケージにくっついているリボンにメリークリスマスというメッセージが垣間見えて、ごくりと息を飲んだ。これは自惚れでもなんでもなく、及川からのクリスマスプレゼントだ。

「……私、男の人にプレゼントなんて貰ったのはじめて」
「そうだろうね」

 特に迷い無く落とされた及川の言葉を聞いても、港は嬉しさが勝って食って掛かることなく、小さなパッケージを眺める。この外装だけで、中には何かキラキラしたアクセサリーのようなものが入っているのだと分かる。
ははぁ……! と感動している港を眺めて、及川は「開けないの?」と先を促す。それにハッとし、港はぎこちない手つきでプレゼントを開封する。そして中から出て来たのは、透明なビニールに包まれたネックレスだった。金色のチェーンに、小さなガラスの靴がぶら下がっているそれに、暫く見蕩れる。港とてアクセサリーを数個は所持しているが、自身が持っているものの中でもダントツに可愛らしいそれに、思わず及川を見上げる。

「これ、私にはおしゃれすぎない?」
「……そうきたか」

 港が何かしら変な発言をするだろうと読んでいたのだろう。どうやら少し身構えていた及川ではあったらしいが、それでも予想からは外れていたらしい。うーん……と唸りながら、及川は「とりあえず付けてみたら?」と港の首元を指差す。全く持って自分に似合う気がしないが、正直つけてみたい。そんな複雑な心境の中、港はおずおずとマフラーを首から解いて首にひっかける。そうして包装からネックレスを取り出し、悪戦苦闘しながらネックレスを首にさげ、胸元で揺れるガラスの靴に視線を落とす。ガラスの靴はイルミネーションの光をうけて、キラキラと輝いている。

「綺麗……」
「でしょ?」

 得意げにニシリと笑った及川は、首に巻いた赤いマフラーに埋もれながら「俺のセンスに感謝しなよ」と続ける。なんとなくそれが照れ隠しだと分かった港は、口元を緩やかに上げて、今年最高の素直さで「ありがとう」と呟いた。
 プレゼント交換を済ませ、適当にイルミネーションを眺めながら、二人は夜道の中帰路につく。及川は港からのマフラーを巻いたまま、港は及川からのネックレスを付けたままである。一応女である港を家まで送り届けてくれるらしい及川を盗み見ながら、港はふと昔のことを思い出した。

「あ、やっぱり……男の人からプレゼント貰ったの、初めてじゃないや」
「は?」
「小学校の時、クリスマス会のプレゼント交換会で、男子と交換した」
「……それ、カウントされないでしょ」

 及川は「何を言っているんだ…?」と言いたげな表情で、口元まで覆うマフラーを少しずらす。

「ちなみに、お前は何をあげたの?」
「いい匂いの消しゴム」
「で、貰ったものは?」
「バトル鉛筆」

 何それ、とブハッと吹き出した及川はそのまま暫く肩を揺らすように笑ってから、港のマフラーをクイと引っ張る。「何?」と港が慌てると「なんかぐちゃぐちゃになってるよ」と言って、及川がマフラーを整えてくれた。そんなくだらないやりとりをしながら歩き、二人は気がつけば港の家の前に到着していた。

「それじゃ、また休み明け」

 緩く片手を上げ、帰って行く及川を見送ってから、港はほぅと息をつく。夜も遅いこの時間に、自分の家の前まで送らせてしまって申し訳無いと思いながらも、なんだか女の子として扱ってもらえたようで少し浮かれる。今日の及川は優しかったな……なんてしみじみと考えながら、胸元で揺れるガラスの靴に視線を落とす。ガラスの靴と言えば、女の子の焦がれともいうべき童話のヒロイン、シンデレラが思い浮かぶ。アマゾネスだと揶揄される自分にはとても似つかわしいとは思えないものを貰ったようにも思うが、同時に、及川に酷く口説かれたかのように錯覚もした。俺にとってはお前は女の子であるのだと、言葉無く伝えられた気がして、心臓が締め上げられる。
 こんな寒空の下帰宅したというのに、なんだかほかほかとしながら玄関で靴を脱いでいると、出迎えてくれた母が「楽しかった?」とニコニコと聞いてくる。それにコクリと頷くと「いいわねぇ〜」とにやにやと笑いながら、ふと港の首元に目を止める。しまった、首にかけたネックレスに気づかれた!と羞恥に染まった港ではあったが、母は予想に反し、港のマフラーを指差した。

「港、マフラーにぬいぐるみが挟まってるわよ」
「……え?」

 指差された先に手を触れると、マフラーと自身の頭の間の隙間に、手に収まるくらいの柔らかいものが入っていた。それを手にとり確認してから、港はじわりと目を見開く。やる気満々の表情をしたこのクマのぬいぐるみは、確か及川がUFOキャッチャーで取った景品ではなかっただろうか。「有馬に似てない?」と意地悪そうに言っていた及川の姿を思い出し、そして今日の帰り際、及川が港のマフラーを整えていたことに思い至る。どうやらあの時、このクマのぬいぐるみをこっそりと港のマフラーに忍ばせていたらしい。何をしているんだ……と呆れた港ではあったが、緩みそうになる口元はどうやったって誤摩化せなかった。
 ああ、どうしよう。及川の事を、もっと好きになってしまいそうだ。

聖夜のシンデレラ

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