副主将兼こんにゃく係


毎年恒例の音駒高校バレー部合宿の時期がやって来た。
この合宿は、男女合同で3日間、馴染みの施設に赴いてみっちり練習を行い、合間の時間でイベントを行なって親交を深めるというものだ。
新入生が入部してから2ヶ月くらいの時期に行なわれるため、1年生は男女共にそわそわとしている。

今回の合宿のメインイベントは夜に開催されるバーベキューと肝試し大会である。
主に上の学年が主体となって行なわれるこのイベントで、主将程では無いものの、副主将の栞にもそれなりの仕事があった。
夕方の練習を終え、食堂に集まっている生徒達の食事中に、今夜の肝試し用のくじを持って部員に声をかける。

「食事中にごめん、肝試しの順番兼ペア決めのくじを引いてくださーい」
「あざーす」
「うわーなんかドキドキするなぁ」

メイン参加者となる1年生に声をかけると、皆そわそわとくじを引いて互いに番号を見せ合っている。
番号は男女各1人ずつペアが組めるように割り振っており、男子も女子もあぶれないように、肝試しのおどかし役の人数で調整を行なっている。
おどかし役は2、3年生の10人程で行なうためにほとんどの生徒が参加することになるのだが、運営の方に回っている栞は、今年はおどかし役である。
くじの入った箱を順番に持って回り、くじを引く部員のさまざまな反応を見届けていると、頭上からぬっと腕が伸びてきた。
わざわざ栞の頭上を跨いで腕を伸ばし、箱の中のくじを引いていく人間はこの場に一人しかいない。

「お、俺5番目」
「3年生は後でくじ引いてもらう予定だったんだけど」
「まぁ気にすんな」

呑気にくじの中を開いて報告する黒尾を睨むが、本人はへらりとして栞をかわす。
はぁ、とあからさまにため息をついてみるが、黒尾はこれといって悪びれた様子は無い。

「そういや、お前は今回参加しないのか」
「そうそう、おばけ役するから覚悟しておいてね」
「えっ、何そんなに自信あんの?」
「そこそこ」
「へぇ…楽しみにしとくわ」

黒尾と軽口を叩きつつ、くじの箱を持って巡回を続ける。
先程聞いた、黒尾の番号をしっかりと把握し、5番目にやってくるであろう奴の時は特に気合いを入れてやろうと意気込んだ。



毎年恒例、肝試し大会は男女でペアを組み、施設付近にある山道にあるチェックポイントを通過後ゴールに向かうという至ってシンプルなものである。
道はそれなりに整備された1本道で、相当なことがない限り迷うことも無い。
ちなみに、所持を許されるのは電源を切った携帯電話(もしものための連絡用)と電池の切れそうな懐中電灯1本のみである。

時間になったために栞も所定の位置につき、本日の相棒となる紐を手に、事前に準備した茂みに身を隠した。
昼間ならば、茂みに人がいることに気づけるが、これだけ真っ暗だと流石に分からないだろう。
手に持った紐をたぐり寄せ、重りの先にやわらかいソレをしっかりと固定した。

まずは一組目、明かりを持って歩いているために、こちらからは誰が歩いているのかまる分かりである。
男女どちらも1年生で、二人揃って暗い森の中歩く事に怯えているようだった。

栞はこっそりと紐の長さを調整し、二人が歩いて来るタイミングを見計らって、手に握っている良く冷えたこんにゃくを手放した。
紐の先についた灰色のかたまりは、揺れるふりこのように移動し、女の子の頭に激突する。

キャァアアアアアア!!!

1組目にして悲痛な悲鳴が響き渡り、栞はおどかし役として幸先の良いスタートをきった。



2、3組目とこんにゃく攻撃を成功させたものの、4組目は的を外したせいで失敗してしまった。
こんにゃくが目の前を通過したというのに、弧爪君は微動だにせずに通り過ぎていく。
隣を一緒に歩いているのは三森さんで、彼女に至ってはこんにゃくの存在にすら気づいていない。

「…この辺りって、さっきから悲鳴が聞こえてたところだよね?」
「…うん、さっき…何か通った」
「えっうそ!」
「でも……僕たちの時は失敗したみたい…」

ちらり、と孤爪君が栞の隠れている茂みに光をあてるものだから流石に焦る。
気づかれないように体の動きを止めたものの、まるで夜に光る猫のような目はこちらの存在を見透かしているようだった。
黒尾曰く、音駒の"背骨"で"脳"で"心臓"と称される彼はなかなかに鋭く侮れない存在であると、栞は再認識した。


孤爪君と三森さんが通過して数分。
次にやって来たのは、黒尾と1年生の女の子だった。
女の子の方は女子バレー部で1番背が低く、セットで歩いているとまるで、黒尾が犯罪者のように見えるものだから栞は笑いそうになった。
しかし、その余裕もそこまでで、1年生の女の子がひしっと黒尾にしがみついていると気づいた瞬間、栞は急に冷静になる。

なんだあれは。

「おい…そんなくっつくかれると歩きにくい」
「すすすみません…私本当にこういうの苦手で…」
「分かった…分かったから泣くなって…」

黒尾も流石にひっつかれて動揺しているようである。
暗がりの中ではあるが、明かりを持っているために二人の様子はそれなりに良く分かる。
1年生の女の子の顔は恐怖で強張っており、しっかりと黒尾の腕を抱え込んでいる。
戸惑い気味の黒尾の左腕が、彼女の豊満な胸に押しつぶされているのを認めて、栞の周りに冷気が漂う。
もやもやと湧き上がるこの感情は、認めたくは無いが嫉妬というものである。

ふぅうう、と自身を落ち着かせるように息を吐いてから、隣に置いた氷入りのバケツに手を入れ、よく冷やしたこんにゃくを取り出す。
ここに隠れてからずっと冷やしていた秘蔵のこれをぶつけてやろう、とこんにゃくを取り替え、紐の長さを調節する。
先程は失敗してしまったが、今度は成功させてやる。
無駄に炎を燃やす栞の事など露知らず、視界の悪い山道を二人はのろのろと歩いている。

狙いを定め、タイミングを見計らってから、気合いを入れてこんにゃくを送り出す。
気持ち勢いのついたそれは、綺麗な弧を描いて黒尾の顔面に激突した。
ベチン!と小気味良い音が響いて黒尾は無言で立ち止まり、1年女子は「ひぃいい」と悲痛な悲鳴を上げる。

妙な達成感に満ちあふれた栞の心の中で、「ナイス顔面ー!」という声援が上がった。

「くっ黒尾先輩今の…!」
「……いや、大丈夫だから…」
「でも凄い音が…」
「顔面にこんにゃく喰らった…しかもめちゃくちゃ冷えてやがる」

なんて古典的なトラップを、と項垂れている黒尾を心配してか、彼女はポケットからハンカチを取り出し、黒尾の顔を拭こうと手を伸ばす。
彼女の思わぬ行動に、黒尾も、遠目で見ていた栞も固まる。

「…あの、私のせいですよね、すみません。これで顔拭いてください」
「いや…大丈夫だから気にすんな」
「でも」
「気遣いだけ貰っとくわ、ありがとうな」


二人の会話を聞きながら、栞は自分の首にかけたタオルを無意識に握った。
彼女のようにハンカチを持ち合わせておらず、己が持っているのはしめったタオルだけである。
そしておどかし役とは言え、黒尾の顔面に嬉々としてこんにゃくをぶつけた自分は、女としてどうなのだろう。

自分の所行を思い返し、ずーんと栞が落ち込んでいる間に、二人は先へ進んでいった。
肝試しで思わぬダメージを喰らう事になった栞は、この後も続いてやって来るペアにこんにゃくをぶつけつつも、悶々としながら役割を終えた。

溶けた氷とこんにゃくの入ったバケツを片手に、のろのろと肝試しのルートを辿ってゴールに向かう。
なんとなく足取りが重いのは、黒尾に容赦なくこんにゃくをぶつけた事が本人にばれる事もあるが、1年生のあの子との対応の差に幻滅されるような気がするからである。
かと言って戻らないわけにもいかないので、やや時間をかけてゴール地点にたどり着いた。

肝試しの後は、アイスが振る舞われるために、皆好みのアイスを頬張っている。
栞もソーダアイスを受け取ってから、それにかじりつくと、頭をがしりと掴まれた。


「お前…何が覚悟しろだよ。こんにゃくぶつけてきただけじゃねーか」
「…バレた?」
「こんにゃく入ったバケツ持って帰ってきたら誰だって分かるわ」

黒尾はもうアイスを食べきってしまったらしく、棒切れを指の先で弄んでいる。
ああ、黒尾なら文句を言いにくるとは思っていた。

「…黒尾君はうちの1年生に抱きつかれて大変でしたね」
「は?……なに、やきもち?」
「寝言は寝ていって」

全くもって黒尾の言う通りなのだが、本人の目の前で認めるのは非常に癪だ。
しゃくしゃく、とアイスを咀嚼しながら、自分の可愛げの無さにため息が出そうだ。

だって今更、恐怖で怯える彼女のように素直になって「可愛い女の子にひっつかれていて嫉妬した」などと言えるはずも無い。
もはや言い訳ではあるが、そもそも私は、黒尾にそんな事を言える立場にいない。

「可愛げのねー奴」
「…どうせ」

栞が考えていた事と同じ事を考えていたらしい黒尾の発言に驚きつつも、納得したように呟く。

この前、日直だった週の放課後には、それなりに素直になれたんだけどなぁ。
結局あの後も、何か言いたげな黒尾の視線を誤摩化してうやむやにしてしまった。
折角の機会だったようにも思うのだが、タイミングを逃すとどうも気恥ずかしさが勝ってしまってどうにもならない。

すん、と黙ってしまった栞を目の前にして、黒尾は暫し思案する。
そしておもむろに、栞の足下にあったバケツからこんにゃくを取り出した。

「…ほれ」
「?って…ひゃあ何を!」

あろうことか、黒尾は冷えたこんにゃくを栞のうなじにあてて、そのままジャージの中に滑り込ませた。
背中を滑る冷たく柔らかいものに、思わず変な声をあげてしまい、黒尾は目を見開いた。
栞の悲鳴に、周りの視線が集まっているが、当の本人達はそれに気づいていない。

「何するの黒尾の馬鹿!」
「…お前、今の声すげーえろい」

思わず言ってしまったらしい黒尾は、自身の失言にハッとするも、膝裏に栞渾身のけりをくらう事になった。


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