優良美化委員


緑色の可愛らしいゾウのジョウロに水をいれ、じょぼじょぼと花に水をやる黒尾の姿には、随分と見慣れたものである。

「それ水やりすぎでしょ」
「ちょっと多いくらいがいいんだよ」

なんの根拠もなく、上木鉢に植えられた芽に水をたっぷりかける。
去年、黒尾が美化委員だった時から愛情込めて育て続けているせいか、愛着があるらしい。
だからこうして、今年は美化委員でも無いのに栞に着いてきてまで花に水をやっているのだ。
クラスのもう一人の美化委員は、水やりの仕事を忘れがち(分かっていてすっぽかしている可能性もある)で、今回も不在である。
気まぐれにやって来る黒尾よりも委員会の仕事をしに来ないクラスメイトを思い浮かべ、どうにかならないものかとため息をついた。

「早くひまわり植えねぇかな」
「あぁ…黒尾去年ひまわりの種めちゃくちゃ取ってたよね」

去年の黒尾は、ひまわりが咲いた辺りから妙に嬉しそうだった。
気だるげに水やりにやってきていたくせに、目に見えて成長するひまわりを見て毎週の仕事をそれなりに楽しく行なっていた。
手塩にかけて育てたひまわりを最期まで見届け、花の中心にあつまった種を大量に採取し、手当り次第に配り回っていた黒尾の姿を思い出した。
その姿はまるで、自分の息子が1番をとったことを自慢して回る父親のようである。
ひまわりの種を渡された人達は、ありがた迷惑そうに受け取っていたり、断ったりと反応はさまざまである。
影でハム太朗と呼ばれていたのを、恐らく黒尾本人が知らないのが少し笑える話だ。

「何にやついてんだよ」
「…黒尾って、親バカになりそうだよね」

たかがひまわり、されどひまわり。
なんだかんだで世話好きな黒尾ではあるが、ひまわりの栽培にさえ面倒見の良さが発揮されている。
これが人間、例えば自分の息子や娘だったなら、もっと凄いのではないだろうか。

「それ褒めてんの?」
「褒めてる褒めてる」
「本当かよ」

ホースに繋がったシャワーを切り替えながら、投げやりに応える。
こちらの様子を伺っている黒尾は、私の言葉を疑っているようだ。

「娘が嫁に行く時になったら超絶面倒くさそう」
「…あぁ」

本人ですら納得がいったようである。

「愛する嫁さんとの子供だぜ?絶対に他所に出したく無いわ」
「ほら、やっぱり」
「だって嫌じゃん、手塩にかけて育てたのに、あっさり何処の馬の骨ともしれない奴に持っていかれるなんて」
「…本当、黒尾の娘は苦労しそう」
「……お前は、子供はさらっと送り出しそうだよな」
「どうだろう…寂しいとは思うだろうけどなぁ」

さらっとまではいかなくても、娘が心に決めた人の所へは送り出してあげたい。
いまいちイメージが湧かないからかもしれないけれど、栞はそう思う。
薄情すぎても娘が可哀想だろ、と言う黒尾は自分の情が重いことは自覚しているらしい。

「俺達二人合わせたら、丁度いいかもな」

さらりと落とされた黒尾の発言に、栞は思考を停止させた。
どうせ深い意味は無い。
そう分かっていても、返す言葉に詰まった。

一瞬、空気の流れが止まったかのような沈黙が流れる。

なんとなく、黒尾がこちらに視線を向けているような気がした。
からかいを含んだ、憎たらしい笑みを浮かべているのだろうか。それとも。

乾いていく喉を意識しながら、栞は腹を括った。
恐る恐る黒尾の方に視線を向けると、奴はじょうろの水で地面に絵を描いていた。
ノートの端の落書きで見た事があるそれは、かなり不細工ではあるが、黒尾曰く猫らしい。
期待が外れたと同時に、もの凄い脱力感に襲われる。

「…黒尾って本当…画力上達してないね」
「あ?よく見ろ、目なんか結構猫っぽいだろ」
「輪郭から駄目だから、目だけじゃカバーできてないから」
「うっせー」

ぷい、と拗ねたように視線を外す黒尾は、やはりいつも通りだった。
先程の、一瞬だけ漂った緊張感など露程感じられない。
少しだけ期待した自分がバカみたいで、栞は嘲笑した。

分かっていたじゃないか。
黒尾はいつだって、私をからかうばかりだ。

「何笑ってんだよ」
「黒尾の猫って、なんでこういつもブスッとしてるの?」
「知らね、なんかこうなんだよなぁ」

それでも黒尾と一緒に過ごすこの時間は、悔しい事に楽しいのだ。


back