幻聴だ

私の隣の席の柳君は、変わった人だと思う。

パッと見は穏やかそうな美人さんだが、なんとデータを集めるのが趣味らしい。
データと言っても幅広く、生徒の人間関係から成績、性格、趣味などというプライベートなものまでさまざまだ。
もともとはテニスのために情報収集をしていたらしいが、テニスだけでは飽きたらず学内のことも調べ始めたらしい。
情報収集と言えば格好はいいが、人の情報をとことん調べていく彼は言い換えればストーカーである。
優等生の柳君の趣味が、他人のプライベート情報を収集するストーカー。人は見た目に寄らない。


「失礼な言い方をするな」

「え?」

「全部口に出して喋っていたぞ」


まじでか、と答えれば、柳君はため息をついてノートを開き、なにかを書き始めた。
何々、と覗きこむと柳君はすぐにそのノートを閉じた。
だが一瞬だけ見えた。
ノートの一番上に私の名前が書いてあった。


「私の何の情報を更新したわけ?」

「好奇心旺盛かつ思ったことは直ぐ表に出るタイプ」

「…なんだ、素直に教えてくれるんなら、ノート閉じなくてもいいのに」

「情報は必要以上に公開したくない。それに、見たらお前が後悔するような情報も書いてあるからな」

「………それどういうこと?」

何だ見たら後悔する情報って。一体何が書いてあるんだ。

ぞ、と背筋に寒気が走ったと同時に、柳君は先程出していたノートをカバンにしまった。
しまう時にチラッと、何冊も似たノートがカバンに入っているのを確認して、更に寒気が増した。
いや本当、いい趣味してるわ。


「お前は俺を不審者のように言うが、情報はかなり役に立つ」

「いやストー…ごめんごめんこれ以上言わないから、ごめんなさい目開かないでください」


普段閉じられている目をうっすら開いてこちらを見るから反射的に謝ってしまった。
というか、普段は閉じられているように見えるが一応開いてはいるんだよね?
じゃああれか、今の柳君の状態は目をカッ「また妙なことを考えているだろう」「すみません」


ハァ、とため息をついて柳は次の授業の用意を机に出し、座りかたを変えてこちらに向いた。
何だ、今から何か始まるのかと身構えると、柳君はデータの重要性について語り始めた。
始めのうちはそれなりに柳の言っていることは理解できたのだが、途中から難しげな単語を並べられ訳が分からなくなってきた。
恐らく私はひきつった表情をしている。それに気付いているはずの柳君はそれでも話をやめようとはしない。
何だこれは、ストーカーと言った私に対する嫌がらせか。
それともストーカーと言われるのが嫌で私に必死に情報収集についての説明をしているのか。
どちらにしても、苦痛以外の何物でも無いのだが。
未だに話続ける柳君に対して、相槌をうつのも億劫になって来た時に、次の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

この時程、授業が始まることに喜んだことはない。
ありがとう授業、次は嫌いな数学だけど今だけ愛してる今だけ。

流石に柳君も授業のチャイムには反応し、こちらに向かって座っていた姿勢を正した。
やっと終わった、と安心して私も前を向いた。


「昼休みに続きを話そう」



柳君が何かを言った気がした。
気のせいだと頭をふると、「気のせいではない」と隣から声が聞こえた。
気のせいでは無かった。



20120308 執筆