およめさん

「パパー、およめさんごっこしよー!」



パタパタと駆けてくる娘は今年4歳になったばかりだ。
結婚なんてまだ早い、とすら言えない年齢の娘は、頭に綺麗な花飾りとベールとつけ、幼稚園で作ってきたであろう折り紙で出来たチューリップを3本持っている。
頭の装飾がきちんとされているのを見ると、ナマエがこれらを飾り付けたようだ。
遅れてリビングに入ってきた笑顔のナマエは、小脇に七不思議関連の分厚い本をかかえ、胸元にはクロスのペンダントをさげている。
どうやら神父役で自分もおよめさんごっことやらに参加するつもりらしい。
正直、そんな恥ずかしいごっこ遊びをするかと言われれば断りたいものだが、目に入れても痛くない可愛い娘のお願いごとでは仕方が無い。


「…どうすればいいんだ?」

「パパはあたしのだんなさまねー」


パンパンと娘がカーペットを叩く。
そこに来い、ということらしい。
しぶしぶその場所に移動すると、立て、と言われたので立つと、娘は後ろに転びそうになりながら俺を見上げた。
それを察してもう一度座り直すと、視線が少し高くはなるが、こちらのほうがいいだろう。
娘もそれには納得したようで、うんと頷いてからニッコリ笑いながらこちらを見た。ああ、まるで天使みたいだ…いや、天使だ。

コホン、とナマエが咳払いをして、抱えていた七不思議の本を開いた。
しかし、ちょうど開いたページに不気味な挿絵があったようでビクついて本を落とした。
笑いを堪えている俺に反して、娘はムゥと頬を膨らませている。

落とした本を拾い上げ、ナマエは気をとり直して神父役を演じはじめた。

「えー、夫、若、健やかなるときも、病めるときも……………妻を愛することを誓いますか?」

こいつ、台詞全く覚えてないじゃないか。
呆れてナマエに視線をやれば、娘に頬を両手で挟まれ娘の方を向かされる。
なぜか機嫌の悪そうな娘に、首を傾げると今度はパチンと頬を叩かれた。地味に痛い。


「もう、ママちゃんとしてよ!」

「ご、ごめん…メモがあったんだけど…」

「もういいもん!」

ぷん、と顔を背けられナマエは涙目になっている。
その顔がなんとなく面白くて口元が弛みそうになったが、ふくれた顔の娘がこっちをじっと見ているのでなんとか表情を持ちこたえた。
ここで俺が笑ってはいけないような気がする。


「じゃー、誓いのちゅー」

ぱちり、と目を閉じた娘に完全に動きが止まった。
これは…どうすればいいのだろうか。

目を閉じている娘から視線を反らして、ナマエに視線をやると、ナマエは何をやっているんだ、文句を言いたそうな表情をしていた。
娘に嫉妬するのかと半分呆れつつ、そんな大人げないナマエに少し気を良くしていたら「はやくちゅーしろ」と小声で言ってきた。
そっちかよ、というか、父親が娘にキスっていいのか?

俺の言いたいことが分かったのか、ナマエは「どうせ何年かたったら忘れるって!」と親指を立てた。
その親指を折ってやろうか、と思ったが娘から催促が始まったので、なんとか向き直る。
娘にキスをするとは、なんとも複雑な気分だ。
どうしよう、と悩んでいると、娘の眉間にみるみるシワが寄っていく。
機嫌を損ねている、というのが瞬時に分かり、意を決して娘の唇に軽く触れた。
無事キスを成し遂げた俺に、おお〜と拍手をしているナマエが少し憎かった。

しかし、ご要望のキスをしたというのに、娘の表情は冴えない。
何かまずいことをしただろうか、と不安になって顔色を伺っていると、娘はムスッとしたまま俺を見て、口を開いた。


「もっと、お口にチューがいい」

「…は?」

「昨日、パパがママにしてたチューがいい」


瞬間、俺とナマエの顔が真っ赤になった。

昨日、パパがママにしてたチュー、ということだけで娘の言いたいことと、昨日のアレを見られていたということが瞬時に理解できた。
確かに、昨日は娘が寝た後、リビングでずっとナマエとキスやら何やら、まあ夫婦の営みをやっていた。
一度寝るとなかなか起きてこない娘のことだから平気だと、結構いろんなことをしてしまったのだが、一体どこまで見られていたのだろうか。

真っ赤な顔から一転、真っ青になりつつ、娘に昨日何を見たのかと尋ねると、娘は愛らしく首をコテンと傾け、まだ汚れを知らない純真無垢な目をこちらに向けて言った。


「パパもママもお洋服ぬいでた」

「………」
「………」

「パパもママもおふろに入ったの?」


くりっとした目をこちらに向けられて、俺もナマエも言葉が出なかった。
歳をとったら忘れるよな…これ?
俺が不安に襲われている傍で、パパもママもお風呂入って遊んでたの〜、とも間違っているような間違っていないような説明をするナマエを見て、なんとも言えない気持ちになった。





20120329 執筆