素直にねじれる

「切原君、今日誕生日だよね?」

「おう、そうだけど」

「誕生日おめでとう。これ、よかったらどうぞ。昨日クッキー焼いたの」

「マジで?サンキュー!」


今日の切原は機嫌が頗る良い。
理由は簡単、今日は彼の誕生日なのだ。
朝練終わりに出待ちをしていた女子生徒にプレゼントを貰い、教室に入ればクラスメイトにお菓子を貰い、昼休みには呼び出され、おそらく放課後には部の先輩達がサプライズパーティを開いてくれるのだろう。
サプライズパーティを把握している時点でサプライズにはなっていないが、時間をとれるのが放課後しかないことから、毎年おなじみのイベントになっているらしい。
クラスメイトからクッキーを貰い、嬉しそうにそれを紙袋にしまう切原を見ていたら、ふいに目があった。
しまった、と思ったが、切原はニヤリと口許を緩ませて頬杖をついた。


「何だよ苗字、羨ましい?」

「…別に」


ふい、と視線を逸らせば、切原はけらけらと笑っていた。
むかつく、という感情は私が切原と初めて会った時から彼に抱いていたものとあまり変わらない。
切原とは同じテニス部に所属していおり、1年の頃部活中にほんの些細な事がきっかけで盛大に口喧嘩をしたことから、犬猿の仲である。
お互いに口を開けば貶し合い、いがみ合っていた私達も、それなりに年月を重ねてくると大分落ち着いてきたものの、今でもお互いを卑下するような態度は変わらない。
それが苦しいと思いはじめたのは、自分でも未だに意味が分からないのだが、この能天気馬鹿に恋心を抱いてしまったからである。
当初、こんな奴好きになんかなるはずない!と自分に言い聞かせるように暗示をかけ、あからさまに切原を避けていたら、部活の後校門に待ち構えていた切原に捕まったのだ。
ぶっすー、とした表情の切原に「何で俺を避けてんの?」と言われた時にはとても焦った。
しかもその後、何も言えない私に向かって、「俺達いつも喧嘩ばっかりしてるけど、俺はお前のこと友達だと思ってるし、そういう風に意味も無く避けられるのは嫌だ」と相変わらずの不服そうに言われた時には駄目だった。
今ままで認めたくないと逃げ回っていた私が、まさにその本人に捕まった瞬間だった。

切原は、私と違って真っ直ぐだ。

好きなわけがない、と言い聞かせていた時点で、私が切原のことが好きということは事実でしかなかったのだ。
もう認めざるをえない、と自分の中で受け入れてしまえば、どこか気恥ずかしくもあったが、今まで片意地をはっていた力が抜け、楽になれた。

まあ、だからと言って今までの関係がそう簡単に変わるわけもないのだけれど。


「いや〜、モテる男は辛いな」

「…この前の柳先輩の誕生日程プレゼント貰えて無いじゃない。あと真田先輩とか丸井先輩とか」

「……テニス部の先輩達と比べるなよ」

「先輩達と比べたら負けるもんね」

「うるせーよ。あーあ、折角今日誕生日なのに気分悪ぃ」


ガタンと席を立ち、少し離れた友達のところへ切原が話しに行ったのを確認して、ため息をついた。
誕生日おめでとう、そのたった一言が何故私は素直に言えないのだろう。
いくら犬猿の仲だとか言ってみても、付き合い自体は非常に長いし、なんの偶然か2年連続で切原とは同じクラスなのだ。
しかも今は席が隣同士、という私にとってこの上なく素晴らしいポジションにいるというのに、態度も何もかも改められず、可愛げの無い自分が嫌になる。

だって今更、私が「誕生日おめでとう」と声をかけたところで、切原の反応は目に見えているのだ。要は、自分が傷つきたくないだけ。

そうやって逃げているくせに、切原の誕生日は随分前から把握していたし、プレゼントだってちゃっかり準備をしていたりするのだ。
黒地に細い赤のラインの入ったリストバンドを偶然お店で見つけた時は、真っ先に切原のことが思い浮かび、衝動的に買ってしまったのだ。
買って帰ったそれに、思いつきでリストバンドに悪魔の羽を小さく刺繍して、これを受け取った切原はどんな反応をするのだろうか、と想像を膨らませ、一人ニヤニヤとしていた時が懐かしい。

準備万端なはずなのに、肝心の言葉をかけることすら儘ならない。
どうにかしなければいけない、でも怖いと悶々と考え続けて、ついに放課後に突入してしまった。

これではおめでとうとも言えず、プレゼントも渡せず、切原の誕生日が終わってしまう。
クラスメイトが教室をばらばらと出ていく音を聞きながら、意を決して隣を見ると、なんと切原は自分の机に座り、こちらをじっと見ていたのだ。
ぱっちりと丸い目を少し細め、私を観察するように見ていた切原は、以前校門で引き留められた時と同じようにぶすっとしていた。
それに驚いて固まっていると、切原は首をやや傾げて不機嫌そうに口を開いた。


「なぁ、なんかあった?」

「…え?」

「なんかお前、今日元気なくね?」

「そ、そう…?」


しまった、私が悶々と悩んでいたのが伝わってしまったのかもしれない。
気まずいなぁ、と何かいい訳を考えながら、このまま誕生日プレゼントを渡してしまえばいいのではないかという案が浮かんだ。

しかし、なんと言って渡そう。
さんざん切原に悪態をついてきた自分がここに来ていきなり誕生日プレゼントを渡したら、あの切原のことだからドン引くのではないだろうか。
それこそ、お前本当に大丈夫?と心配されるかもしれない。

……いや、一層ドン引いてくれた方がいい。
そっちの方が改まってプレゼントを渡すよりも、気まずくないし、精神的にも余裕を持てるだろう。言い訳なんて、気まぐれだとか何だとかでごまかしてしまえばいい。
ここまで来たらヤケだ、プレゼントさえ渡してしまえば、私だって逃げられなくなる。


「…切原」

「あ?」

「これ、あげるよ」


カバンの中から赤い袋に入れたプレゼントを取りだし、切原に渡す。
平常心、平常心と自分に言い聞かせながらも真顔を意識する。
切原は、差し出された袋を受け取ってから、ポカンとした顔でプレゼントと私を見比べていた。
そりゃあ、私からそんなもの貰ったら驚くよなぁ、と他人事のように考えながら、言い訳を口にしようとして思わず固まった。


「………」

「…切原?」

「……な、んだよ」

「…顔、めちゃくちゃ赤いんだけど、」

「…!」


そう言った途端、カァと先程よりも赤くなった切原は視線を逸らしてから、ラケットバッグを掴み、物凄い勢いで教室を出て行ってしまった。
取り残された私は呆然と教室の出口を見ているしかなく、私達の周りに居合わせたクラスメイトも何事かと首をかしげている。
私も一緒になって首を傾げるが、切原のあの反応を見ると、もしかしたら期待をしてもいいのかもしれない。
ぽんぽんと友達に肩を叩かれ、振り向くとにやにやとした顔で「よかったねぇ」とからかわれた。
ああ、恥ずかしい。



プレゼントを渡すことはできたが、結局、切原に誕生日おめでとう、と言えなかったなぁ、と考えながら部活を終えて、下校しようとしたら校門の辺りに男子テニス部レギュラー達が集まっていた。
何事だとギャラリーも集まっているが、よく見ると切原は膝をつき、後ろ手に腕を掴まれていてまるで捕まった奴隷のような状態になっていた。
何だあれは?と状況が理解できず首を傾げると、幸村先輩と目があった。
すると幸村先輩はパァッと笑顔になり、大声で私の名前を呼んで手招きするから本気でこの場から逃げたくなった。


この後、このギャラリーの前で告白させられるという公開処刑まがいの行為をさせられるのだが、この時の私はそんなこと知る由もない。


20120925 執筆