木曜日の早朝、インターホンが鳴り寝起きで意識が完全に覚醒しきれない頭でドアを開けたら跡部が立っていた。
一瞬幻覚かと思い目を擦ったが、お世辞にも綺麗とは言えない玄関にやはり彼はいた。
いつも会う時よりも随分ラフな格好で腕を組み、その腕には白い上質な紙袋を下げている。
呆気にとられて言葉を発せずにいると、跡部は私の頭から爪先までを見て鼻で笑った。
「随分とガキくさいパジャマだな」
朝一番から、何故パジャマにケチをつけられなければいけないのか。
そりゃあそこらへんの大衆向けの服屋のセールで購入したぺろぺろのパジャマなんかより、跡部が普段使っているだろうシルク(イメージ)のパジャマに比べれば貧相だろう。
しかもセール品がいちご柄のパジャマしかなかったのだから、これは仕方がないのだ。
「……何しに来たの」
「お前、今日が何の日か忘れたわけじゃないだろ」
ふん、と携帯電話の画面をこちらに向けてドヤ顔の跡部に気恥ずかしさで顔を逸らした。
今日の夜中の12時ピッタリに私が送った誕生日おめでとうメールを見せつけ、ふふんと笑う。
「お前もなかなか可愛らしいこと言うじゃねーの」
「…まあ、誕生日くらい素直になってあげてもいいかな、と思って」
「アーン?それが素直じゃねーんだよ」
なんなら今からお前が送ってきたメールの内容を朗読してやろうか、と言うから慌てて携帯電話を掴んで止める。
恥ずかしいんだから、本当にやめて欲しい。
「いや、本当に何しに来たわけ?」
「まだ誕生日プレゼントを貰っていないからな。それを貰うついでに、今日はお前の家に泊まって帰る」
「は!?」
「お前、今日は朝の講義だけだろ?昼飯は用意しておいてやるから、その後は俺に付き合え」
「ええ……」
つっこみ所は多々あるが、跡部はご飯を作れるのか?というのが一番気になる。
しかし、突拍子も無いことではあるが、今日は跡部の誕生日であるから、ある程度の我が儘は聞いてあげたいし、別に跡部に付き合うのが嫌というわけではない。
むしろ、今日という日を私と過ごしてくれるということが嬉しい。
折角跡部がわざわざ部屋を訪ねて来てくれたのだから、今日の朝の講義は休んでしまおうか。
それで一緒にお昼を作ってどこかへ出掛けて、夕飯の買い出しをして夕飯を作って、お風呂に入って一緒に寝るのもいいかもしれない。
私がもわもわと今日一日のことを想像している隙に、跡部は当たり前のように部屋に上がり込んで来た。
それにハッと気付いて、あわてて跡部の進行を妨げる。
「ちょ、待って!今部屋散らかってて…片付けるから」
「んなもん構わねーよ。お前の部屋が綺麗だったことは一度も無いからな」
「失礼な!」
さっさと私を押しきって部屋に入った跡部は、私のベッドの上に白い紙袋を置いてから、散らかりぎみの部屋に目もくれずキッチンの方へ向かいフライパンを取り出した。
「朝は食ってないんだろ?ついでに作ってやるよ」
「…跡部料理出来るの?」
「ハァ?当たり前だろ」
「いや、だって…家でご飯とか作らないでしょ」
「時々専属のシェフから料理を教えて貰っていたから大丈夫だ」
そう言って勝手に冷蔵庫を漁りはじめた跡部は、跡部らしくもない庶民の生活感があった。
どういう風の吹き回しなんだろうか、と思いつつ朝食を作ってくれるのは嬉しいが、今日は跡部の誕生日なのに私が貰ってばかりでいいのだろうか。
「私も手伝うよ。あと、今日は講義サボるから昼はどこかに食べに行こうよ」
「駄目だ、ちゃんと講義は受けろ」
「ええ……」
「文句言うな。こうやって勉強出来るのも今のうちだけなんだからな」
「う……」
跡部は冷蔵庫から卵を取りだし、それを割ってからボールに入れたかき混ぜはざめたから、きっと玉子焼きかオムレツでも作ってくれるのだろう。
私も野菜室からキャベツやトマトを取りだし、サラダの準備をする。
「…というか、今日は跡部の誕生日じゃない。別にご飯作るの手伝ってくれなくても」
「バーカ、俺がやりたくてやってるだけだ。それに、なんか結婚してるみたいで楽しいしな」
「………なにそれプロポーズ?」
「なわけねーだろ。それはまた何年か後にしてやる」
「……プロポーズじゃん」
恥ずかしいことをサラッと言うなぁ、と思いつつキャベツをちぎり、ガラスのお皿の上に敷き詰める。
本当に跡部にはいろんなものを貰ってばかりだ。
物も気持ちも愛情も。
今日は彼にそれらを私があげるべき日なのに、それを強制しない辺りが彼らしい。大事にしてくれているのだと、実感せずにはいられない。
「跡部」
私はそれを跡部に返してあげたい。今日という日くらいは、彼に素直でいようと思う。
「生まれてきてくれてありがとう。私なんかを選んでくれてありがとう。私、今凄く幸せだし、跡部のこと好きになって良かったと思ってる」
夜中12時に送ったメールの内容のままを口に出すと、跡部は柔らかく笑い、玉子を流し込んでいたフライパンを温めていた火を消した。
「誕生日おめでとう、跡部。大好き」
若干声はかすれてしまったが、跡部は優しげに目を細め私の頭をゆっくりと撫でてくれた。
その手がスルリと頬に下り、そのまま引き寄せられるようにキスをした。
「ありがとう、最高の誕生日プレゼントだ」
やさしい夢を所望します
/title by 箱庭
20121004