依頼

ファミレスでの会合(?)が終わっても、雨は止むことなく降り続いていた。
傘をさし、メンバーはそれぞれ帰路につく。
私も家に帰りたいところだが、おそらく家には苗字青葉がいるだろう。

柳が噂話を説明する前から姿を消していた時点で予感はしていたが、更に詳しく聞いた話から予感は確信へと変わった。

同時に不安が頭を過る。
彼女の言う"お願い"とは何だ。

「苗字」

「…え?」


目の前でひらひらと動く掌を辿ると、傘をさした幸村が呆れたようにこちらを見ていた。
気がつけば、他のメンバーはもう随分遠くまで帰ってしまっていた。
幸村を待たせてしまっていたのかと慌てたが、よく考えれば私の家と幸村の家の方向は逆である。
幸村がここにいることの方が不思議なのだ。


「幸村、帰らないの?」

「それはこっちのセリフ。さっきからぼーっとしてるけど、大丈夫なの?」

「多分」

「ふーん…まぁ、いいけど。それじゃあ帰ろうか」


一瞬、聞き違いかと思ったが、私の家の方向に歩き出した幸村を見て、そうでないと気付いた。
どういう風の吹きまわしだろう、と慌てて幸村を追いかけた。

「送ってくれるの?」

「もう暗いしね、お前も一応女だし。…それに、放課後教室であったことの説明をまだされてないし?」


ギクリと肩をふるわせ幸村を見ると、それはそれは綺麗な笑顔で微笑んでいた。
これは、有無を言わさぬ脅迫だ。
しかし、説明をされていないと言われても、教室で話したことがほとんどだ。
あと何の説明が残っているのかと言われれば、その幽霊の名前が苗字青葉であることくらいだ。



「さっき殆ど話したじゃない」

「1週間前から見えていた幽霊の女の子が迫ってきた、としか聞いてない」

「だから、そのまんまだって」

「……本気で言ってるの?」


幸村のその発言で、ピタリと歩く足が止まる。
信じていなかったんだ、と無性に切ない気持ちに襲われたが、確かに私も他人にこんなことを言われて信じるかと聞かれたら、それは難しいだろう。

それでも私の目の前で起きている事実であって、嘘ではない。



「本当だよ」


立ち止まった私の少し前にいた幸村の隣に追い付き、先程と同じ調子で話す。
幸村は不可解そうな表情をしていたので、少し笑えた。


「私にお願いがあるらしくてさ。さっきまでファミレスに一緒にいたんだけど、途中で消えちゃって」

「………」

「私が家に帰ったらお願いきいてあげる、って軽く約束しちゃったんだけど…お願いって何だろうね」

「………」

「今更怖くなってさ。もし…お前の魂よこせ、とか言われたら…ね」



あながち、冗談ではないのかもしれないと自分で実感して語尾が震えた。
もし本当にそうなったらどうしよう、と不安に再び襲われる。

自分の家がもうすでに視界に入っており、幸村は私を家まで送り届けたら当然帰ってしまうだろう。
今日も家族の帰りは遅いし、家にひとりきりになってしまうというのは確実だ。


「お前、本当に大丈夫?」


幸村が呆れたようにため息をついて言った。
正直、心中穏やかでは無い。
できれば家にひとりきりになりたくないし、幸村にも帰って欲しくない。
しかし、迷惑をかけるのも悪いかと思い、口では「大丈夫」と答えてしまった。


「そう、ならいいけど」


それじゃあまた明日、と軽く手を上げて背中を向ける幸村に、自分勝手な期待が込み上げる。
いつも私の考えを容易に読み取るくせに、こういう時は気付いてくれないのか、という我ながら理不尽な考えが浮かび上がる。
何を幸村に期待しているのだろう、と自分でも馬鹿らしく思う。何故、意地をはる必要があるのかもよく分からない。
しかし、今回は少しだけ、恐怖心が意地を上回った。




瞬間的に一気に悩んだ末に、私の家から数歩引き返した幸村の、ブレザーの裾を掴んだ。
当然ながら、幸村はその場に立ち止まり振り返る。


「何」

「…あの、家に上がっていきません?」

「何で?」

「その……、」




幽霊がいるかもしれないから怖いです、となんとも情けない声が出た。
まるでお化けを怖がる小学生のようだと、自分でも思った。
幸村から一体どんなふうに馬鹿にされるかと身構えたら、予想外にも笑顔を向けられた。


「ふふ…最初からそう言えばいいんだよ。チキン」


最初の言葉はとても優しいのに最後の一言だけやたら鋭利で、安心と同時に心のどこかを突き刺されたような錯覚を感じて素直に喜べなかった。


20120418