予感

「俺、パフェとチーズケーキとアイスと…」

「太るぞ丸井…」

「平気平気」


ファミレスに入り、メニューと睨めっこをしている丸井、幸村の隣で、私は机の上にふわふわと浮いている苗字青葉を見た。
私の正面には柳が座っており、その隣に真田、そして仁王が並ぶ。
面白い話がある、ということでこの雨の中ファミレスにまでやって来たのだが、正直目の前に浮かんでいる苗字青葉以上に衝撃的な話があるとは思えない。
これは本当に相当なことで無いと驚けないぞ。


『…ナマエさん、帰ったら私の話を聞いてもらえるんですよね?』

不安そうに訪ねてきた青葉に頷くと、彼女は安心したように笑った。
先程は幸村が来てしまって、苗字青葉のことを話してみたはいいものの、幸村には彼女が見えないので、深く話すのはやめた。
幸村は腑に落ちないようだったが、真田達を待たせているということを思い出したのか、とりあえずファミレスに行くぞ、と私の手を掴んだ。
後でちゃんと説明しろ、と言われたがどうやって説明しろというのか。
それに、先程彼女の言っていた"お願い"というのも気になる。

しかし、彼女の声は幸村に聞こえていないので、彼の前で苗字青葉と会話をすると気味悪がられるのは目に見えている。
だから、私に何かお願いがあるという彼女には、家に帰ってから話を聞くと少し待って貰っているのだ。


正直、ファミレスに行かずに帰りたかったが、幸村達を待たせてしまっていたので今更断るのも気が引けた。


「…で、面白い話って何?」


私がそう聞くと、待ってましたと言わんばかりに幸村や仁王、丸井がニヤニヤし始めた。
柳もうっすらと笑みを浮かべ、ノートとペンを構えていることから、どうやら私以外のメンバーはその"面白い話"というものを知っているらしい。

真田は急に顔色を悪くして俯いた。
真田をここまで追い詰めるほどのこととは、一体何だろう。
苗字青葉に傾いていた興味が、少しだけこちらに引かれた。


「真田、彼女できたんだって」


ニヤニヤしながらそう言った丸井の発言に、口に含んでいた水が喉につまり、噎せた。
その様子を見て、柳は楽しそうに笑い、幸村は汚いなぁ、と蔑みの目をこちらに向けた。


「うそ!誰!?」

「お前の隣の席の生徒だ」

「えっ…」


恐る恐る、隣に座る幸村の方を見たら、頭を捕まれぎりぎりと締め上げられた。
今まで経験したことの無いあまりの痛みに、口から悲痛な声しか出ない。
こいつどんな握力しているんだ。


「じょ、冗談です幸村様…」

「冗談でも笑えねぇよ」

「幸村様落ち着いて…口調がキャラじゃないよ」

「ああ?」

「ごめんなさいすみません申し訳ありません」


頭の締め付けの尋常の無さに、正面に座る柳に助けを求めたら、教室でのお前の隣の席の女子生徒だ、と先程の続きを話してくれた。
それより幸村をどうにかしてくれ、と目で訴えたら、水が欲しいのか?と全く的外れなことを言い出す始末。絶対にわざとだ。

柳を睨むと、奴はそれを華麗にスルーし、先程閉じたばかりのメニュー表をもう一度開いた。
わざとらしいその態度に、余計にムッと来た。


「さて、苗字。話は聞いているか?」

「…聞いてる」

「弦一郎の彼女の誕生日が来週らしくてな。プレゼントは何がいいか、相談にのってやってくれないか」

「は?」


ふい、と真田の方を見ると、片手で顔を覆って項垂れていた。
どうやら、相当恥ずかしいらしい。

確かに、真田が彼女へプレゼントをあげるとして、女子免疫も無ければ経験も無いこの男が適当なものを選べるかといえば、ほぼ無理だろう。

なんとなく流れが見えた。
プレゼントに何をあげていいのか悩んだ末に、恐らく幸村か柳辺りに相談したんだろう。
いや、仁王と丸井もこのことを知っているから、相談したのは相手は幸村だ。
柳なら、こういう相談事は他人に話すようなことはしない気がする。

真田も、相談相手をもう少し考えればこんなことにはならなかったはずなのに。
同情の目で真田を見ると、真田はムスッとした表情で視線を反らした。


「…そういえば、彼氏ができたって誰かと話してるの聞こえた気がする」

「真田の彼女が?」

「うん。誰だろー、とか思ってたんだけど…。何だ、彼氏って真田か」

「何だとは何だ」

「…そういえば、この前マフラー無くしたって言ってたかも」



ふと思い出し、真田に話せば今まで反らされていた視線がこちらに向いた。
やっぱり真田も男の子、好きな子のことは気になるんだな、なんて母親のような心境に見回れた。


「マフラーか、こんな寒い時期にどうやったら無くせるんじゃ」
「仁王は寒がりなんだよ」
「ブンちゃんだってマフラーはしとるじゃろ」
「お前みたいに耳当ては常備してねぇ」
「…そういえば、最近寒そうにしていたな」
「気づいてやれよ真田」

呆れてため息をつき、真田に女子の扱い方について事細かに説明する。
真田の彼女とは特別仲がいいというわけでは無いので一概には言えないが、私の周りであったいろいろな経験や話を元に解説する。
真田は熱心に聞いていたようだったが、女子の少し面倒くさい性質の話をするととたんに眉間にしわを寄せた。
どうやら理解に苦しむようだ。
まぁ、真田がこれを理解できる、という方がおかしい話だ。
しかも、途中から女の子に対する扱い方の話から、女子のいろんな意味で怖い話に内容が変わってしまった。

「…女子は大変なんだな」
「陰湿なことに関してはかなりレベルが高いと思うよ。もちろん、皆がみんなそういうわけではないんだけど」

真田だけが、初めて知った、というような反応を示している。
他のメンバーはただそれに耳を傾けるだけだ。
幸村をはじめとして、仁王も丸井も柳も見た目や内面からも女子には人気がある。
それ故に今まで女子関係でいろいろと問題があったはずだ。それぞれに、そんな話を1つは聞いたことがある。

真田にそれが無いのは、別に真田がモテないというわけではなく、大人しい女子に人気があることが影響している。顔は整っているものの(老けてはいるが)、現代人っぽくない堅い考え方や、なにかと口うるさいことが、こう言ってはアレだが過激派女子にはあまり好かれるものでは無い。
しかし真田はある意味、その性格に助けられているのだ。
だから彼女が出来ても、こうして平和に過ごせているのだろう。これが本来あるべきことのはずなのに、他のメンバーではそうはいかないから酷い話だ。


「最近も、そんな噂話があったのぅ」

ポツリと仁王が口を開くと、柳は「ああ」と反応を示した。
何の事かと視線で訪ねれば、柳は少し目を伏せてその"噂話"とやらを教えてくれた。


「1ヶ月前に、俺のクラスの生徒が亡くなったのを知っているか?」

「…うん。前に担任が話してたし」

「その生徒は病気で亡くなったということになっているんだが、本当は学校で自殺していた、という噂があるんだ」


そこでふと、思考が止まった。
あることに思い至り、チラリと視線を隣に向けると、そこにいたばずの苗字青葉が居なくなっていた。


「学校側が伏せている、というような話だが根拠は無い。しかし、彼女は実際一部の女子達から苛めを受けていたこともあって、それが原因で自殺したのでは無いかと、生徒の間で少し前に噂になっていた」

柳の、「彼女」という発言に私の考えがだんだん確かなものへと近づいて行く。
先ほどから探している苗字青葉はどこにも居ない。
そもそも、私以外には見えていないのだ。
何故今まで、私は平然と彼女と会話をしていたのだろうか。
彼女自身も言っていた通り、彼女は死んだ人間なのだ。

今更恐怖心が押し寄せてきて、体温が下がっていくような錯覚を感じた。
もし彼女が、噂になった女子生徒だったとして、本当は自殺していたとして、その彼女を私が見ることができるということは、私に何かしらの関係があるということなのではないだろうか。
だからこそ私の前に出てきたのではないか、私は彼女を今まで知らなかったがもしかしたら無意識のうちに傷つけるようなことをしてしまったのかもしれない、だとしたら彼女の「お願い」とは何なのか。

今日二度目の冷や汗が背中を伝った。
幸村がじっとこちらを見ている気がするが、今はそれどころではない。


「ねぇ、その子の名前…なんて言うの?」


20120406