あのこ

「腕はもう大丈夫なのか?」

「まだ触ると少し痛いかな」


真田はいつもより気難しげな表情で、私の右腕を見ている。
野球部が朝練習中に打ったボールが右腕に直撃してから、1週間が経った。
腕の骨にヒビも入らず、打撲だけで済んで良かった。
まだ痛みは残るものの、大事に至らなくてホッとしている。

未だに、あの女の子を見るのは別にして。


「…俺の両親の知り合いに、御祓いをしている人がいる」


突然、真田がそんなことを言うものだから驚いてしまった。
何を唐突に言い出すのだろうか、というか何故私が幽霊らしきものを見るようになったことを知っているのだろう。


「…何でそれを」

「すまん、幸村から聞いた」


真田は口では謝っているが、表情から謝罪の気持ちはあまり無いように思う。
幸村を少し恨んだが、心配をかけていることがすぐに分かって、逆にこちらが申し訳無い気持ちになる。


「それに、仁王と丸井からも聞いている。お前の最近の行動がどうもおかしいと言っていた」

「………」

「で、どうなんだ?」

「…良く分からないけど、私取り憑かれてるかもしれない」


右腕を打撲した日から、毎日彼女を学校で見るようになった。
ここ1週間、家で彼女を見たのは洗面所での一件だけで、その後は全て学校である。
何をするわけでも無く、ふと視線を感じて見回すと、少し距離を置いたところから彼女がいつもこちらを見ているのだ。
相変わらずの無表情で、じっと。

暫くは一人で行動するのが怖くて、キャラでも無いのにずっと友達にひっついていたり、トイレに行く仁王や丸井にまでついて行ったりと、今思えばかなりおかしな行動をとっていたと思う。

しかし、慣れとは恐ろしいものだ。
最近は視界の端に入っても、そんなに驚かなくなってしまった。
あんなに怯えていた自分は何だったのか、この1週間での自分の適応力に驚いている。
まあでも、慣れたと言っても不気味であることには変わりないんだけれど。



「そうか…何か悪さをするような奴なのか?」

「分からない。ずっとこっちを見てるだけなんだよね」


現に今も、真田の肩越しに見える廊下の向こうから、じっとこちらを見ている彼女の姿がある。
この会話も聞こえているのだろうかと、一瞬不安になった。


「そうか…。
とりあえず、お祓いはどうする?」

「一応、頼んで貰ってもいい?」

「わかった、両親に俺から話してみよう。その時は事情を話すことになるが、かまわんか?」

「うん、構わない。ありがとう」


お礼を言えば、力になれればいいのだが、と真田は心配そうに呟いた。
真田にこんなに気をつかわせているのかと思うと、迷惑をかけてしまっているという申し訳なさがこみ上げてきた。
しかし、解決案を提供してくれたことは素直に嬉しかった。

お祓いとはいい手だ。
もしそれで、あの女の子を見なくなるのなら、早くやってもらいたい。
何で今までそれを思い当たらなかったんだろう、と自分でも不思議に思いながら、真田にどうにかして感謝の気持ちを伝えたくなった。
何かないかとポケットを漁ったら飴がいくつか入っていたので、それを全て真田に渡した。

しかし、この時私は、真田が風紀委員であったことをすっかり忘れていた。

風紀委員の彼は、飴を貰ったことへの感謝ではなく、お菓子を学校へ持って来たことに対しての説教を始めたものだからたまったものでは無い。
ほら今私特殊な状況に置かれてるんだから勘弁してくれ、と言いたいが真っ直ぐ過ぎて曲がれない真田には通用しないだろう。
真田には申し訳無いが、陰でこっそりとため息をついた。


いつの間にか、視界の中からあの女の子は消えていた。


20120310