きづく

「仁王、バカいる?」

「ほれ、そこにおるじゃろ」

「バカって誰のこと」

「はは、お前以外にいないだろう」


爽やかな笑顔を浮かべながら教室に入ってきたのは、立海テニス部部長様の幸村だ。
幸村がわざわざ私の教室に出向いて来るだなんて、どうせまたろくでも無いことなんだろうな。
視界の端で、トイレから帰って来たらしい丸井が私達がに気付いてひょっこり輪の中に入ってきた。
気づけば、ここにはテニス部が4人も集まっている。
こんなにすぐに集まるものなんだな、と感心していると、幸村に一枚の紙を渡された。

チラシのようで、それを見ると学校の近くに新しくケーキ屋さんが出来たらしい。
ああ、これだけで幸村がわざわざこのクラスにやって来た理由が分かった。


「おごれって?」

「良く分かったね、流石俺が躾ただけある」


いい子、と頭を撫でられても嬉しくもなんとも無い。…いや、ちょっと嬉しいかもしれない。

ため息をつきながらも幸村の要求に頷いた。
どうせ断ったって幸村命令で強制的に購入させられるだろうし。
付き合いは長い方では無いが、ある程度幸村の性格は把握できている。
抵抗するだけ無駄だ。


「おっ、いまオープンイベントやってんじゃん!」

「丸井も来るかい?」

「行く行く!」

「仁王は?」

「俺はパス、甘いもんは苦手じゃ」


丸井は目を輝かせながらお店のチラシをガン見している。
そのあまりの集中力に、幸村が笑顔で「デブン太」と言ったことにも気付かなかった。
仁王もニヤリと口端を上げて「ブヨッ」と呟いた。
それでも気付かない丸井に笑えば、やっと周りの視線に気付いたのか、キョトンとした表情で首を傾げた。
同時に、後ろの方で女子の悲鳴のようなものが聞こえたが、それにはもう慣れっ子だ。
どうせ丸井ファンが悶えているんだろうと後ろを向けば、案の定ミーハー集団が固まって騒いでいた。


「…また騒いでるし」

「あんたのせいよ丸井」

「はぁ?」

「きゃー丸井くんかわいー」

「棒読みうぜえ」


これだけで意味が分かったのか、また丸井はチラシに視線を落とした。
面白くないなぁ、と思いつつ、ふと何気なく教室の入り口に視線をやった。
べつに見ようと思って見たわけではなく、なんとなくそちらの方を見てしまった、それだけだった。


教室の入り口に、ポツンと一人の女子生徒が立っていた。
茶色の綺麗な髪の特徴的な女の子だった。
特に変わったことはないのに、何故か妙に気になった。

その女の子が、じっとこちらを見ている気がしたのだ。


私の周りを軽く見回すが、この辺りに集まっているのは私達だけなので、やはりこちらを見ているのだろう。

もう一度入り口の方に視線を戻すと、その女の子は居なくなっていた。



「どうしたの、苗字?」


「…ううん、何でもない」



この時は、特に気を止めもしなかった。



20120308 執筆