デート追跡

「日曜日の午前9時、駅前の噴水前」


まるでデートの待ち合わせのような感覚で日時を指定され、しかし柳に限ってそんなはずはなくどうせ裏があるんだろ、とジーパンにTシャツというラフなスタイルで噴水前にやって来た。
しかし、私より先に来ていた柳の口から出て来た言葉に耳を疑った。


「ごめんもう1回言って」

「二度も言わせるな。今日は遊園地に行くぞ」

どうやら聞き間違ってはいなかったようだ。
それはそれで困るのだが、何故遊園地に行くのか非常に理由が気になる。


「何で?」

「ちょっとした事情があってな」

遊園地に行かなければいけないちょっとした事情って何だよ。とつっこみを入れたいところだが、柳がさっさとこの近くにある遊園地行きのバス乗り場に向かうものだから慌てて追いかける。
しかし困った、遊園地に行くとなれば入場料などがそれなりに必要になるではないか。
今日もどうせどこかの学校の情報収集にでもかり出されると思っていたので、そんなにお金を持ち合わせていないのだけど大丈夫だろうか。
バスに乗り込み、財布の中身を確認するが足りるかどうか微妙である。
更に遊園地で販売されている飲み物や食べ物の値段はかなり高いので、それらすら買うことが出来るのか不安だ。
バスの中でひたすらお金の心配をしていたが、遊園地に到着して入場券を買うために受け付けに並んでいると、ふと見覚えのある人物を見つけた。
私達より何人か前に並んでいるのは、黒いもじゃもじゃした髪が特徴的な立海エースの切原君ではないか。
隣には、ふわふわした髪が可愛らしい女の子がおり、二人で楽しそうに話している。
ここでまず一番に気になることを尋ねるために柳を見ると、以前軽い変装をするために被っていたキャップを着用していた。
やっぱり似合っていない。


「ねぇ、切原君って彼女いるよね?」

「ああ」

「あの子じゃないよね?」

「そうだ」


やはり、というか絶対にあの女の子は切原君の彼女ではない。
何故なら、私の後輩に正真正銘切原君の彼女がいるからである。
その彼女とは何回かペアを組んだこともあるから知っているし、彼女と切原君が部活の後二人で一緒に帰っているのも良く見かける。
やたら喧嘩ばかりしているらしいが、それでもなんだかんだで続いているのだから相性はいいのかもしれない、と彼女本人も言っていたはずだ。
まさか、その二人がついに別れたというのか。


「彼女とまた喧嘩をしたらしくてな…。赤也が意地を張って、別の女とデートをする約束をしたようだ」

「…それってまずくない?」

「まずいに決まっているだろう。赤也も勢いだったんだろうが…今度こそ捨てられるかもしれない」


前にも捨てられそうになったことがあるのだろうか、と気持ち前の人に隠れるように切原君を伺っていると、入場券を購入して二人は園内に入って行った。

「…今日はあの二人の追跡をするってこと?」

「そうだ。機会があれば俺が赤也に接触して諭してくる」

「……内容は把握したけど、これ私も必要?」

「俺はあまりこういう所に詳しく無い。あまり頼りにはしていないがお前は案内係だ」


そう言ってさっさと入場券を二人分購入し、柳と入り口へ向かう。
まさか柳が私の分まで入場券を買ってくれるとは思わなかった。流石に誘っておいた手前、気を使ってくれたのだろうか。


「後で入場料払えよ」

「ですよね…」


そうだ、この男に期待なんてしてはいけなかった。
軽く肩を落とすと、園内のマップにサラリと目を通してから、柳は前方のグッズコーナーにいる切原君達に視線を向ける。
それにしても、いつも部活で会っている後輩相手に、そんな薄っぺらの変装でいいのだろうか。
柳は背も高くて目立つし、帽子を目深に被っているとはいえ、私が柳を見上げると角度的に顔は丸見えである。
更に下手をすれば、シルエットだけで気付かれてしまいそうだ。


「もうちょっと変装した方がよくない…?」

「いや、これで充分だ。それよりターゲットが動いた、行くぞ」


園内マップを畳んでから、切原君達が進んで行く方に向かって歩く。
一定の距離を保ちながらついて歩き、切原君達がわずかに振り向こうものなら顔を伏せたり、周りを歩いているお客さん達に然り気無く隠れたりと追跡を続ける。
こんなことをやっているうちに、何で私がこんなところでこんなことをしなければいけないのか、と不満に思っていたことが、別の感情にすり変わる。


「なんだか、映画みたいでドキドキするね。追跡ごっこ」

「浮かれるな。あと、ごっこではない」


取り敢えず、なんとなく楽しくなったので不満は特に無くなった。
柳は呆れているようだったが、ため息をついただけで他には何も言わなかった。


「あ、お化け屋敷に入った」

「……赤也」


額に手をあて、頭が痛そうに唸る柳の姿はまるで保護者である。
そもそも、何故柳はこんなにも切原君のことを気にしているのだろう。
この追跡事態は柳にとって何かしらのメリットがあるわけでもなく、しかも追跡の目的は切原君を説得することにある。
どう考えても、切原君のため、という理由しか思い至らない。
他に何かあるだろうか、とお化け屋敷に入って行く切原君達を眺めていると、ふとふわふわヘアーの彼女に目がついた。
ひとつ下の学年の子なのだろうが、なかなかに可愛らしい女の子である。
華奢な体は思わず守ってあげたくなるような、女の私でもそんな風に感じる。
そこでふと、とある考えにいきついた。

まさか、柳はあの女の子のことが好きなのではないだろうか。
だから、切原君とのデートを追跡し、更に説得しようとしているのでは?
恐る恐る顔を上げ柳を見ると、私の視線に気づいて柳もこちらを見下ろす。


「………」

「…何だ、その哀れみの目は」

「……ちょ、いだだだだだ」


眉をひきつらせてから、柳は乱暴にも私の頬をつねった。
数秒後に頬は解放されたが、痛みはじわりと残っている。
頬を擦っていると、柳はまたため息をついた。


「今、妙なことを考えていただろう」

「…妙では無いと思うけど。柳ってあの女の子に気があるの?」

「やはりな…」

「え、そうなの?」

「違う。お前が妙なことを考えていた、ということに対する"やはり"だ」

「なんだ、違うの」


柳は疲れたように肩を落としてから、お前を連れて来たのは失敗だったな、とボソリと呟いた。


「じゃあ、切原君のためにここまでしてるの?」

「…まぁ、そうなるな」


柳はお化け屋敷から出て来た切原君達を追跡すべく、出口が見える辺りに移動してから近くにあったベンチに座った。
私も柳の隣に座り、チラリと柳を伺う。
再びマップを取り出して目を走らせているこの男の言うことが本当なら、柳は実は世話やきで世話好きなのかもしれない。


柳から視線を外して、切原君達が入って行ったお化け屋敷の入り口を眺め、そこから少し離れたところにあるアイスクリームを売っているお店に目が止まる。
ちょうど子供が二段のカラフルなアイスを父親に買ってもらい、目を輝かせてアイスにかぶりついているところだった。


「柳、アイスいる?」

「…アイス?」


ふと思い立ってベンチから立ち上がると、柳は珍しく首を傾げた。
私が突然そんなことを言うと思わなかったのだろう、視線をアイスクリーム屋に向けてから納得したように頷いた。


「…いや、俺は遠慮しておく」

「何で?」

「特に腹も減っていないしな」

そう言って柳は再びマップに視線を落とした。
別に空腹で無くとも、ああいったものをこの場所で食べることも遊園地の楽しみだと思うのだけれど。


「ちょっと買ってくるね」

「ああ」


そういえば、柳が私を同伴させた理由は、遊園地にあまり詳しくないからと言っていた。
あまり来たことが無いのだろうか…無さそうだな、とアイスを買うために並んだ列でふと思った。
だから、あまり楽しみ方も知らないのかもしれない。
途端、なんだか柳が不憫に思えた。追跡が目的だと言っても、折角遊園地に来たのだから楽しめばいいのに。



「はい、柳の分」

「…いらないと言ったはずだが」

「いいじゃん、折角遊園地に来たんだし。記念だと思って」


少し値は張ったが、結局二段アイスをふたつ買った。
そのうちのひとつを柳に差し出せば、柳は無言でそれを見てから受け取った。


「味は私が勝手に選んだけど、文句は無しね」

「……ああ」


柳はアイスを物珍しげに見た後、フッと柔らかく笑った。
ほんの一瞬のことだったけれど、はじめて私の前で見せたその笑みに思わず硬直してしまった。


「二段のアイスを食べるのは初めてだ」

「……そ、そう」


慌てて柳から視線をはずし、自分のアイスをぺろりとなめる。
口の中でバニラが広がるのを感じながら、柳もああいう風に笑うのか、と暫く呆けてしまった。



20121109