図書整理

今日からテスト期間ということで、部活も無く早く家に帰れるという状況に喜んでいたら、教室の入り口で柳に捕まった。

案の定「仕事だ」と言い渡されたのだが、連れて来られたのは生徒会室では無く図書室だった。
しかし、図書室の入り口には「本日は利用できません」と貼り紙が貼ってある。
にも関わらず、柳は図書室のドアを開けてスタスタと中へ入って行くものだから呆気にとられてしまった。
柳にはこの貼り紙が見えていないのだろうか。それにしても、何故図書室に鍵がかかっていないのか。
疑問に思いつつも図書室に入ると、受付カウンターに女子生徒がひとり座っていた。


「#い#、遅れてすまない」

「ううん、こちらこそ手伝わせてごめんね。…えっと、そちらの方は?」

「D組の苗字だ。使い物になるかは分からないが、手伝ってくれるそうだ」


使い物になるか、は余計だ。
そして私は一言もそんなことは言っていない。
一体何の話をしているのかよく分からないが、柳が彼女…#い#さんに申し訳無さそうに私を説明するのもまた腹が立つ。


「…柳、どういうこと?」

「今日、図書室の一部のコーナーの書籍整理を行うらしくてな。その手伝いだ」

「時間を取らせちゃってごめんね、柳君、苗字さん」


#い#さんは申し訳なさそうにそう言いながら、机の上に山積みにされた本のところまで案内してくれた。
「構わないさ」と微笑んでみせる柳に続いて、反抗の意味もこめて「カマワナイサ」と声真似をしてボソッと呟いたら、柳に足を踏まれた。
「おっと、すまない」という謝罪の言葉は棒読みで、私を見下すその表情は無表情である。
非常に怖いが、私の足を踏んだのは確実に故意だ。
自分で仕掛けておいてひるんでしまい、悲しきかな柳を見上げにらみ返すくらいしかできない自分が悔しい。
本人は涼しげな顔をして鼻で笑ってから、#い#さんの方に体を向けた。
#い#さんは資料らしきものを手に取り、それを柳に渡してから机の上に積まれた本を指さした。


「柳君にここからここまでの本棚の整理をお願いしたいんだけど…」

「分かった」

「いつもごめんね」


いつも、ということは柳は今までに何回もこの作業を手伝ったことがあるようだった。
慣れた手つきで本を数冊取ってから、資料を確認してテキパキと本を並べて行く。
初めて見た私にも、柳の整理の仕方はスムーズだということが目に見えて分かる。


「苗字さんには…この辺りをお願いしてもいいかな?」

「あ、うん…」


資料を渡され、その見方と本の並べ方を軽く説明されてから、その通りに本を並べていく。
確かに、この地道な作業をひとりでするのはかなり大変なことだ。
図書室全体の本の整理をするわけでは無いようではあるが、この一部のコーナーにだけでも本は数百冊存在する。
これは手伝ってくれる人が欲しくなるよなぁ、と視線を向けると、この作業に慣れている柳と#い#さんが楽しげに本について談義していた。
この前発売された誰それの新作は〜、だの、この前書店で見つけたオススメの本があるだの、この前貸した本はどうだった?だの……なんだろう、このふたりは仲がいいようだ。
というか、付き合っているのではなかろうか、と思わせるような穏やかな雰囲気が漂っている。
お互い楽しそうに、クスクスと笑みを交えながら談笑しているところ悪いが、私がこの空間に非常に居づらい。
むしろ何故私をここに呼んだのか柳にもの凄く問い詰めたい。

しかも、本棚の整理も慣れているふたりは既に4割方完了しているというのに、私はまだ1割も完了していない。
慌てて資料を見ながら本を並べて行くが、手慣れているうえにスペックの高いふたりに追い付けるはずも無い。



「苗字さん、手伝うよ」


そしてついに整理を終わらせた#い#さんが私に割り振られた分を手伝うという状況に見舞われてしまった。
私が手伝えたのはほんの少しだけで、これならば私がいなくても同じだったのではなかろうか。


「ごめんなさい#い#さん…手際悪くて」

「え、いいよそんな!手伝ってくれて助かったよ」

「………」


純粋に感謝の言葉を述べる#い#さんの背後に後光が見える。
なんていい子なんだろう、と感動に似た何かに浸りながら#い#さんを見ていると、それをぶち壊す一言が上から降ってきた。


「気をつかってくれているんだ、真に受けるなよ」

「…うるっさいな、分かってるよ!」


後ろに振り向き、本の整理を終えて物色しているらしい柳に言い返すと、柳は私をスルーして#い#さんに「この本を借りてもいいか?」と何事もなかったかのように訪ねるから余計に腹が立つ。
#い#さんは戸惑いつつも、柳の質問に頷いてから残りの書籍を並べ終えた。
柳は他の書籍コーナーで再び物色をはじめたので、それを遠目に睨んでいると、#い#さんがポツリと呟いた。


「苗字さんって…柳君と仲がいいんだね」

「まさか」


思わず冷たく吐き捨ててしまい、ハッとして#い#さんを見ると目を軽く見開いて驚いていた。
弁解するために慌てて口を開くが、本を選び終えた柳が再びこちらに戻って来たので発言することはかなわなかった。



20121027