休日出勤

雑用係には日曜日も無いらしい。


「遅かったな、苗字」


大会前であったために、普段は休みの日曜日にあった部活を終え、ラケットケースを肩にかけ、友達と帰りに昼ご飯でも食べて帰ろう、と話していたら校門に柳が待ち構えていた。
驚いて固まる私の前にノート数札をつきつけ、淡々とした口調で言った。


「今日の仕事だ」

「え?いや、でも…これから昼ご飯を食べに行「何だ?」

「………はい」



渋々ノートを受けとると、周りにいた友達は驚いたように私と柳を見比べてから、触らぬ神に祟りなし、とそそくさと校門を抜けて行ってしまった。
どうやら察してくれたらしいが、正直助けて欲しかった。
今日も柳に扱き使われるのか、と遠い目になる私の横で柳がカメラを取り出した。
ああ、この時点で悪い気しかしない。


「では仕事の説明だ。これから他校のテニス部に偵察に行く」


「……主に何をするんですが」

「俺は他校の生徒にそれなりに顔が割れているからな。お前には潜入調査をしてもらう」

説明しながらも、スタスタと学校の近くにあるバス停に歩いて行く柳になんとか付いていく。
というか私と柳では足の長さに差があるから、柳がはや歩きをするだけで私は小走りになる。
しかし、そんな私に気を使わないのが柳である。


「早くしろ、バスが出る」


もし柳に彼女ができたとして、初デートで彼女に気を遣えず、さっさと柳だけが歩いて行き、彼女を置き去りにしたことを怒られ、そしてフラれればいいのに。

まるで願掛けをするかのように心の中で唱えながら、前を歩く柳の背中にガンを飛ばしつつバスに乗り込む。


「どこに行くの?」

「すぐそこのテニスコートだ」

「ねぇ、潜入調査って何?」

「行けば分かる」



バスの中で、先程渡されたノートを確認すると、知らない名前の学校のテニス部の生徒がピックアップされていた。
というかこの前、私なんかに重要なデータを見せるつもりは無いとかなんとか言っていなかっただろうか。
どういう風の吹き回しだ?
疑問に思いつつ、そういう流れで、公共のテニスコートに辿り着いた。

しかし、そこで柳に言い渡しされた仕事内容に絶句した。


「ナンパして来い」

「…は?」

「二度も言わせるな。あいつらをナンパして来いと言ったんだ」


変装のつもりなのか、柳は適当に買って来たらしいグレーのキャップを目深に被り、開いているのかいないのか分からない目をテニスコートに向けた。
どうでもいいけど、あまりキャップが似合っていない。


「友人からの情報でな、あいつらは休日に良くここで女性を捕まえて一緒にテニスをしているらしい。その女性達に自分達のテニススタイルについて細かに説明しているらしいから、それを聞いて来い」

今現在、テニスコートでチャラチャラした雰囲気の男集団がミニゲームのようなものを行っている。
何人か大会で見たことのあるユニフォームを着ていることから、そこそこに実力のある学校の選手であることが見てとれた。

柳はポケットからメモ帳とペンを取りだし、それを私に差し出してくる。
何だこれは、と思いつつ受けとると、柳は時計を確認した。


「テニスを教えてくれ、と奴らに言えばいい。女子のお前になら快く引き受けてくれるだろう…。
奴らが溢した情報は、参考にすると言ってメモを取ればいい。そうすれば馬鹿なお前でも情報収集出来るはずだ」

「…馬鹿は余計」

「違うのか?」

「…いえ」


そりゃあ、柳に比べれば知能は全く足りないけれど。

こう、然り気無く毒を混ぜてくる辺りが陰湿だ。
この男は、平然と私の心を抉るような言葉を投げつけて来るから嫌だ。しかも、それに反論する余地も与えてくれないから余計に。



「よし、行って来い」

「私、ナンパなんてしたこと無いから上手く行かないかも…」

「安心しろ。奴らには、性別が女でさえあれば大丈夫だそうだ。顔は気にしない」

「どういう意味だ」



全く励ます気無いだろこいつ。


20121021