「…おはよう」
眠そうに机に肘をついてうとうとしている日吉君に挨拶をすれば、なんと返事が返ってきた。
ラブレターの一件から、そこそこ話をするようになってはいたが、今日はじめて挨拶というものを交わした。
かなり初歩的なことなのに、少し感動したことと日吉君にシカトされなかったことに安堵していると、日吉君は変なものを見る目でこちらを見た。
何か私の顔についているだろうか、と頬に触れたら粘着質な感触がした。
何かと頬に触れた手を見れば、そこには赤い液体が付着していた。
同時に頬にピリリとした痛みが走ったことから、どうやら頬に怪我をしているということがわかった。
そういえば、登校途中に走っていたら他人の家の庭から外に伸びた木の枝に顔をぶつけたのだ。この傷は多分その時についたものだろう。
そんなことを考えながら、じっと手についた血を見ていたら、日吉君が絆創膏を一枚くれた。
「あ…ありがとう。準備いいね」
「ちょうど持ち合わせてた。ラッキーだったな」
そう言って絆創膏をしまっていた透明なケースをカバンにしまった。
確かに、そのケースには絆創膏の姿は無く、テーピングやガーゼのようなものが入っているだけだった。
多分部活用の救急箱と言ったところか、テニスをしていて怪我をよくするんだろうなぁ、なんてのんきに考えながら席につく。
机の中を確認してみるが、そこには手紙は入っていなかった。
もはや日課になりつつあるラブレターチェックを、私は毎日楽しみにしている。
こうして日吉君宛の手紙が入っていないことを確認してから振り向いて、今日は入ってなかったよ、とわざわざ日吉君に報告するのが最近の私の趣味だ。
さも不快な顔をして「そうかよ」とぶっきらぼうに答える日吉君の顔を見るのはなかなか愉快だ。
要するに、ただからかっているだけなんだけど。
そして今日も例に漏れず笑顔で振り返ると、日吉君はいつもの面倒くさそうな表情で私の発言を待っている。
私の日課に、日吉君も慣れつつある。要するに、私の発言に答えるのが彼の日課になっているのだ。
「今日は入って無かったよ」
「そうかよ」
ここまではいつも通りだった。
しかし、変わらぬ表情で日吉君は机の中からレースのような模様のついた真っ白な封筒を取り出した。
私がポカンとしていると、日吉君はククッと笑ってからその手紙の宛名をこちらに向けた。
宛名には、綺麗な字で『苗字さんへ』と書いてあった。
「まさか」
「そのまさかだ」
「…日吉君、私のこと好きだったん「ちげーよ」
俺の机に間違って入ってた、と言って日吉君が私に手紙を差し出した。
それを受け取り、まじまじとそれを観察する。
これがラブレターか、と感動に似た何かを噛み締めていると、隣の席の青葉が驚いたようにこちらを見ていた。
その青葉に、ラブレター貰っちゃったよ、と言えば、嘘だろ、と返された。失礼な。
「うわーラブレター貰うのってこんな感じなのかー。なんか照れるね」
「良かったな。もう貰えるか分からないから噛み締めておくんだな」
「はは、一言余計だよ」
シールという簡単な方法で止めてある封を開け、中の便箋を取り出す。
今読むのかよ、という日吉君と青葉のツッコミはスルーし、便箋を開いて内容に目を走らせる。
『苗字さんへ
最近、やたら日吉君にべたべたと話しかけるのはやめてくれない?すごくめざわりだし、うざい。
あと、今日の放課後に話があるから屋上まで来て』
「……………」
これは、ラブレターなのか?
いや違うよね、ラブレターというかこれはどちらかというと脅迫状寄りの手紙だよね。
一応呼び出しはされたけど、多分この前の日吉君みたいに告白されるわけでも無いよね。
「……どうした?」
無言になった私を不審に思ったのか、日吉君は私の手にある便箋をじっと見た。
そんなに見ても透視は出来ないだろう、と心の中でツッコミつつ、便箋を封筒にしまった。
「おい、…どうした?」
「……いやぁ、お呼びだしをくらっちゃったよ」
「ふん、それは良かったな」
「いや、全く喜べないよ」
「…?」
「日吉君ファンの皆さんからリンチのお知らせだった」
そう言えば、日吉君は眉間にシワを寄せ同情の眼差しで私を見た。
20120410 執筆