雑用係3日目

「苗字、資料は出来たか?」

「………」

「…まだか」


ハァ、と目の前であからさまにため息をつく柳にシャーペンを投げつけてやろうかと構えるが、普段開かれない目が開き睨まれただけですくんでしまった。
おずおずと構えたシャーペンを机の上に広げた紙に落とし、資料作成のために集めた情報を書き込んでいく。
何故私がこんなことをしなくてはいけないのか。


「さっさとしろ雑用」


畜生、と柳を睨むが、柳は涼しげな表情のまま鼻で笑った。
ああ、気に食わない。

というか、何でこうも毎日生徒会室に呼び出され、押し付けられるような仕事がこんなにあるのか。
3日前は学校生活アンケートの回収、そして枚数のカウントと寄せられたコメントを全て書き出す作業を命じられた。
昨日は毎月配布している生徒会通信のプリントを、各クラス毎に配る作業と、生徒会室の掃除だ。
そして今日は、テニス部でとった今度行く合宿先のアンケートの意見のまとめである。
内容的に、本当に雑用、もしくは雑務だ。
柳は柳で別件の資料に目を通し、それにいくらか修正を加えているようだった。
どうしてそんなに仕事が柳に回り回ってくるのかも気になるが、それを今まで一人で片付けてしまっていた柳には驚きを隠せない。化け物じゃないの。



「……終わったよ」

「行き先は海か」

「…何で分かるの」


確かに、アンケートの意見で行きたい合宿先は海、というのが一番多かった。ちなみに二番目は山。なんだか選択肢がかなりアバウトである。


「今年は海が一番多いと分かっていたからな」

「何で?」

「簡単なことだ。今年は女子テニス部と合同で合宿を行うということになっているからな」


トントン、と資料をまとめてホッチキスでそれをとめる柳を思わず凝視してしまった。
柳が今言ったこと、それはつまり、男子の目的が女子が海に行くということにあるのだ。


「…水着目的?」

「そうだろうな」


これだから男子は、と思わず呟きそうになると、柳に箒を渡された。


「次は掃除だ」

「………へーい」


召しつかいのように扱き使いやがって、という不満をこめてやる気のない返事をしたが、柳は知らぬ顔で次のファイルを手にとっていた。

本当に、何でそんなにも仕事が次から次へと湧いて出てくるのか。
そもそも、他の生徒会員はどうしたんだろう。


「ねぇ、生徒会長とか副会長はどうしたの?」

「この前、自転車の二人乗りで事故を起こしてな。入院中だ」

「…え?」

「どちらも普段は真面目なんだ。俺も若干信じられなかったが…まぁ、テンションが上がると周りが見えなくなるような奴らではあった」


遠い目をしている柳は、きっと会長と副会長がそんなことをしでかしたというのが予想外だったようだ。
会長と副会長はステージの上にいる時にしか見たことが無いが、二人とも真面目そうな中にもハキハキと全校生徒の前で話などをしていたし、きっとしっかりした人達なのだろうと、演説を聞いているだけで見てとれた。
その人達が自転車の二人乗りをして事故、というのは意外過ぎる話だ。
もしかしたら、少しくらい羽目をはずしてみたかったのかもしれない。これは私の憶測でしかないのだけれど。



「お陰で俺に全て仕事が回ってきているから、全くいい迷惑だ」


チッ、と舌打ちをした柳のそれを聞かなかったふりをして、渡された箒で床をはく。
やっぱり柳は怖い。
なんというか、いつも穏やかで冷静なイメージがあったから、あからさまに負の感情を表に出している彼を見たことが無い。
故に、怒りを全面に押し出されると、慣れていないために怯えてしまう。
普段にこやかな人が怒った時などのようなことが、それに近い。
いろんなことで溜め込んでいたものが、何かの拍子に爆発してしまったのだろう。

……あれ、もしかして柳の逆鱗に触れて、箍を外してしまったのは私なのだろうか。



「…………」

「苗字、明日は倉庫の整理だ」

「…はい」



これは当分、柳に文句を言えそうにない。



20121008