物好きな勇者の話

部活を終え、いつものように部室で着替えていた時だった。
幸村の「重要な報告がある」という深刻そうな発言に、賑かだった部室内が静かになった。
皆その空気を読みとり、さっさと着替えをすませて幸村のその報告とやらを待つ。
幸村の目はテニスをしている時のように鋭く、その視線は下に向けられたままピクリとも動かない。
これはただ事ではない、と気を引き締めた時に、幸村が口を開いた。


「真田」


こちらに視線を寄越した幸村の目は、先程の鋭さが一気に抜け、まるでおもちゃを与えられた子供のようにキラキラとしていた。
長年幸村と一緒にいるが、こんな幸村を見るのは初めてかもしれない。
それと同時に、これから幸村がろくでもないことを言い出すのだろうと、安易に予想が出来た。


「彼女が出来たんだって?」


パン、と良い音が鳴るくらい肩を叩かれた。
なんとなくそのことを言われる気がしていた。
しかし、俺と苗字が付き合いはじめたのはつい昨日のことだ。
俺は誰にも言っていない、ということは苗字が幸村に話したのだろうか。
あまり話しているところを見たことは無いが。
幸村はどこで知ったのだろう。

「…………?」



ふと、少し考えている間に、やけに静かになった部室の雰囲気に気付いて周りを見た。
いつもなら、例えば仁王がまた新しい彼女ができただのと言い出せば、途端に騒がしくなり彼女の散策をし始めるのが常だった。

それがどうだろう、幸村は相変わらずニヤニヤしているが、蓮二は目を見開いてメモを取る予定で持っていただろう筆を取り落とした。
柳生は何故かずれた眼鏡を直し、ジャッカルは感心したような表情で俺を見ている。
仁王と丸井と赤也は表情が固まり、ぴくりとも動かない。


「は?…え?真田ぶちょ…副部長、は?」

赤也が訳の分からないことを呟きながらこちらに歩いてきたかと思えば、何故か肩を掴まれてガクガクと揺すってきた。
身長差があるから肩を掴むというよりは手を掛けているような状況だが、なかなか脳に響く。

「やめんか赤也」

「嘘だ!俺が出遅れるなんて!しかも副部長に先を……くっ!」

「落ち着け赤也」

「いたたたた!!ちょ、仁王君、何故私の頬をつねるんですか」

「痛い…なんだ夢か」

「夢じゃねえよ、現実見ろ」



「で、相手は誰?」


様々な発言を少し大きめの声で遮り、腕を組んで椅子に座った幸村に部員全員の視線が集中した。
そこで幸村以外の面々も、確かにそれが一番聞きたいところだとこちらを向いた。
赤也だけが未だに絶望したような表情をしている。

名前を出してもいいのだろうか、と不安になったが、どうせそのうち知られるだろう。
少し照れ臭くなって、名前を皆に言うのに少し勇気がいった。


「苗字ナマエだ」


「……知らないなぁ、蓮二は?」

「苗字ナマエ、弦一郎と同じクラス、美術部所属。
…ちなみに、俺のリサーチによると、彼女は数ヶ月前から弦一郎に好意を持っていた。…告白は苗字からだろう?」

「あ、ああ…」


一体そのような情報を、どこでリサーチしてきたのだろう。
つくづく思うが、参謀と呼ばれる蓮二のこの情報収集力は恐ろしいと思う。
テニスの場合、相手の手の内などから対策を立て俺たちに情報提供をしてくれる蓮二には、頭が上がらない。非常に助かっている。
……ただ、テニスに何ら関係ない苗字の情報をここまで知っているというのは、なんとも複雑だ。


「へぇ、それじゃ明日真田のクラスに見に行こうかな」

「苗字の席は弦一郎の隣の列の、2つ後ろだ」

「流石蓮二。昼休みくらいに行く?」

「それじゃあ俺も見に行こうかの」

「私も一目見たいですね」

「真田に告るとか…勇者だな」

「…相当な物好きっすね。真田副部長に告白なんて…とても正気じゃあ、」

「赤也、聞こえているぞ」

「いでっ!?」



こうして、次の日に俺のクラスにやって来たテニス部の面々により、クラス中がちょっとした騒ぎになったのは言うまでもない。



20120712 執筆