スタートを切る

「真田、携帯電話には慣れた?」

「うむ、電話を取れるようにはなったぞ」

「…かけるのは出来ないんだ」

「………」


黙って渋い顔をした真田に思わず笑うと、少し睨まれた。
真田が機械類に弱いのは知っていたが、まさかここまでとは。
早く真田とメールしたいなぁ、なんて私の考えはもう少し先になりそうだ。

カバンから真新しい携帯電話を取り出し、電源を入れた彼の姿から真面目さが伺える。
学校にいる間はちゃんと電源を切っているらしい。


「…む、メールが来ている」

「どうやって読むか分かる?」

「ああ、昨日幸村に聞いたからな…」


覚束ない指使いで受信ボックスを開き、メールを確認出来たらしい真田は、何故か達成感のある表情をしていた。
メール一つにいちいちそんな反応をしていたら、カメラ機能やら電卓機能やらが使えるようになった日には感動して泣くのではないだろうか。

「というか、何でメールは開けられるのに、電話はかけられないの?」

「アドレス帳とやらの開き方がわからん」

「…全く」


丁寧に、アドレス帳の開き方から相手への電話のかけ方、ついでにメールの仕方、更についでにアドレス帳の編集の仕方などを教えると、たどたどしいながらもなんとかそれらの操作は出来るようになった。
今からこれでは、先が思いやられるなー、なんて思っていたら、真田が「ん?」と首を傾げるものだから画面を覗くと、カメラ機能が作動していた。
どうやら間違えてボタンを押してしまったらしい。


「何だこれは」

「カメラだよカメラ。撮ってみる?」

「む」


それは肯定の「む」なのか否定の「む」なのか良く分からないが、とりあえず肯定と受け取り、真田から携帯を預かる。
パシャリという音の後、携帯の画面を見せると真田は感心したような反応を見せた。


「最近の携帯電話は凄いな」

「……普通だと思うんだけど」

時代に取り残されているぞ真田クン、と漏らせば、聞いていないのか真田は携帯をこちらに向けて構えた。
パシャリ、という音がして撮れた画像を確認して満足そうにしている。


「ハイテクだな」

「…そうね」


でかい図体で、見た目も中学生と言っても怪しまれ映画館では毎回身分証明を要求される真田が、携帯で写真を撮れたことに嬉しそうにしているのは、なんともギャップのある光景だ。
少し可愛いな、なんて思うが、この男には一番似合わない言葉であることを思い出して一気に気持ちが冷めた。
真田に可愛いはないわ。

調子に乗って、ところ構わずパシャパシャ写真を撮り始めた真田に呆れつつ、静止させることを含めて携帯を奪う。


「あんまり無駄な写真ばっかり撮ってたら、データ満杯になるよ」

「む、そうか…」


「まあ、そんなに直ぐにはならないと思うけど…」

先ほど撮影された写真が保存されたデータを開き、真田が無駄に撮った写真を選択していく。
ついでだからと、真田に写真の削除の仕方を教え、写真を消そうとしたら止められた。


「待て」

「何?」

「写真は全て消えてしまうのか?」

「まあ…そうだね」


別に保存しておこうという物では無いだろう。
先ほど撮った写真は、試し撮りのようなものだし、現に写真に写っているのは周りの景色だけである。
何故か言いにくそうにしている真田に首を傾げると、ムスッとした表情のまま、ボソリと投下された。


「…その、これは残しておいて貰えないだろうか」


コツリ、と画面に触れた指の先を見れば、それははじめて真田が撮った写真だった。
私に向けてシャッターを押していたから、当然被写体は私だ。
まさか撮られるとは思っていなかったから、間抜けな顔をした私がそれには写っている。


それを残しておいて欲しい…、と。

真田が言いにくそうにしていた意味を理解して、途端に真っ赤になってしまった。
真田も真田で、少し俯いたまま「駄目か?」なんて聞いてくるものだから余計に熱が集まる。

「だ、駄目じゃないけど…」

「そ、そうか」

「………」

「………」


真田の顔をとてもじゃないが見られない。
恐らく私と同じような心境、状態なんだろうけど。
このなんとも気恥ずかしい空気をどうしてくれるんだ。

チラリと伺うように顔を上げると、丁度真田も顔を上げたようでバッチリ目が合ってしまった。
カァーっとお互い真っ赤になって俯き、これはどうしたものかと頭を悩ませていると、真田が意を決したように顔を上げた。


「た、大切にする!」


「あ、ああありがとう」



大切にするって私の写真をか、そうなのか!
なんだかそういう事では無い気がするが、気のせいだろうか。
というか何故私はお礼を言った。


恥ずかしさで頭を抱えたくなるこの状況をどうしようかと悩むのは、お互いの関係が変わった故のことだ。

友達という枠を越え、恋人という新しい場所に立ったばかりの私達は、この新しい環境にはまだ不慣れである。



「あ…昼休みもうすぐ終わる」

「…そうだな」



先程の気恥ずかしさは尾をひくが、平気なふりをしなければ間が持たない。
お弁当をさっさと片付けて、座っていた場所から腰を上げる。


「…苗字」

「何、」


ふわりと髪の毛を掬われたかと思うと、真田の無骨な手が私の髪にくっついていた葉を払った。どうやら枯れ葉が頭についていたらしい。


不意なことだっただけに、私の髪を掬う真田の手を凝視していると、真田はそれに気付いて少し顔を赤くしたが、ゆるりと口元を緩めて「戻るぞ」と軽く頭を撫でてくれた。

ああもう、そういう表情は心臓に悪いということを、この男は知らないのだろうか。





20120322 執筆