告白アフタースクール

何故こんなことになったのか。


屋上に吹き荒れる風に髪が暴れまわる。
折角今日は綺麗にまとまったのに、という言葉さえ引っ込んでしまうくらい大荒れだ。
雨が降っていないのが幸いだが、遠くに見える黒い雲からそれも時間の問題だろう。

ぼんやりと雲を眺めていると、屋上のドアが開く音がした。
来たか、と振り向くと、そこには予想とは違う人物が立っていた。
顔色は相変わらずだが。


「…なんで来たんだい日吉君」

「いや…お前に押し付けるのはお門違いかと思ってな」

「今更気付いたのかい日吉君」
「うざいからその話し方やめろ」


ため息をつきながら、日吉君は私の隣にまでやって来ると、雨が降りそうだな、と呟いた。
私も全く同じことを考えていたので、素直に頷いた。


「『連日すみません。今日どうしても話したいことがあるので、放課後屋上に来てください』……なに、私に日吉君が告白される現場に立ち会えというの?」
「いや、壁になれ」
「は?」
「……昨日、抱きつかれそうになったんだ」


それはそれは暗い表情で言うものだったから、どういう対応をすればいいのか迷った。
本心では笑い飛ばしてしまいたいのだが、日吉君にしたら死活問題なのでなんとか込み上げてくるものを押さえる。

しかし、こんなにも負のオーラに包まれた日吉君をはじめて見た。
普段はクールで、常に冷静なイメージがあったから、こんなに心中穏やかでは無い彼はなんだか新鮮だ。
まあ内容が内容だけに、仕方のないことなのかもしれない。



「…やっぱり、突き返しておこうか?」

当初、もう行きたくないという日吉君の押し付けにより、そのラブレターを返してこいと言われ、まあ日吉君がここまで参っている原因に私が関係していないことも無いので、しぶしぶこの屋上に赴いたのだ。
これ間違って私の机に入ってて、日吉君に渡そうと思ったんですけど断られちゃって〜、と適当に理由をつけて返そうかと思っていたのだが、ここに日吉君がいるのでそうする必要は無くなってしまった。
というか、もう手紙を開けて屋上にいる時点でそんな言い訳が通じるはずが無いのだけれど。

「いや、いい。手紙は開けちまったしな」

「……前から思ってたけど、日吉君って変に律儀だよね」


ラブレターとかプレゼントだとか、ファンの女の子にそれらのものを差し出されても決して受け取らないくせに、一度受け取ってしまったラブレターの呼び出しにこうして応じてみたり、一度私に押し付けはしたが結局呼び出し場所に自分からやって来たり、優しいのか優しくないのかよく分からない。
ただ、自分が受け取ったものに対してはちゃんと対応を示しているようで、少し感心する。


「別に」

「…ふーん」


素っ気ないなぁ、と呆れていると、キィと屋上のドアが開く音がした。
二人揃ってそちらに視線をやると、そこには髪が長めの優男が立っていた。
その男子生徒を見た瞬間、日吉君が息を飲んだのが聞こえたので、どうやらラブレターの差出人はこの人らしい。

というか、壁になれとは言われたものの、私は一体どうしていればいいんだろう。
今更そんな問題に気付いて日吉君の方を見れば、顔色が絶不調の日吉君がフリーズしていた。
余裕無いなオイ。



「日吉君、話いい?」

ラブレターの差出人である男子生徒は、チラリと私を見てからそう言った。
一旦ここは出ていくね、と日吉君に言えば力無く頷いた。
本当にこいつは大丈夫なのかと心配になったので、何かあったら叫ぶんだよ?と気を紛らわすために冗談で言ったら「んなことするかよ」と睨まれた。
あれ、案外余裕なのかと思ったら「帰ったら許さないからな」と追加で言われた。
やっぱりチキンだった。



一旦屋上から抜け、3階の階段付近で待機する。
ここなら日吉君の悲鳴が聞こえてもかけつけられるし、階段から降りてくる男子生徒を確認することも出来る。
どれくらい時間がかかるだろう、と時計を確認した辺りで先程の男子生徒が降りてきた。
目に涙を溜め颯爽と走り去っていく姿は、何故か綺麗だった。

やはり日吉君は彼を振ったらしい。
急いで階段を上り、屋上のドアを開けると、日吉君がフェンスにもたれ掛かってしゃがみ込んでいた。顔色は相変わらずだ。

「……大丈夫?」

「…………俺、何してるんだろうな」


何か悟りの境地を開いてしまったかのような発言に、私の口元がひきつる。
日吉君が不憫に見えて仕方がない。
しかし、哀れみの気持ちよりも好奇心が僅かに勝ってしまった。


「何て言われたの?」

「…………」


日吉君はゆっくりとこちらを向くと、先程までの力ない表情から一変、キッと私を睨み付けて吐き捨てた。


「誰が言うか」


スクリと立ち上がり、通常の調子を取り戻したのか、そのまま私を置いて屋上の出入口へと向かう。
折角待機してあげていた私への感謝は無しか、まあ日吉君にありがとうとか言われてもむず痒いだけの気もするが。


気疲れからくるため息をついて、私もそろそろ帰ろうと一歩踏み出した瞬間、ふとある考えが過った。
まさか、そんなはず無いよね?と日吉君の後ろ姿を見ていると、ドアノブに手をかけたまま日吉君が振り返り、立ち止まった私を不思議そうに見ている。


この前もだが、日吉君は私に告白された内容を頑なに教えたがらなかった。
それはもしかして、内容が言えないのではなく、もしかして…。


「日吉君」

「何だよ」

「もしかして……付き合うことになっ「殴られたいのか」



20120410 執筆