なんとなく待っていてくれていそうな気がしたので、あまり驚きはしなかった。
前髪をなんとなく整えて、気恥ずかしさを隠すがきっと蓮二にはお見通しだろう。
「おはよう」
「…おはよう」
穏やかに微笑む蓮二が、いつもよりほわほわと嬉しそうにしていたから、思わず下を向いてしまった。
恥ずかしすぎて熱の集まる顔を隠すが、この動作だけで蓮二にはばれてしまっているだろう。
そんなこと分かっているが、顔を合わせられないのは事実だ。
いつもフッと息を吐くように笑う蓮二が、楽しそうに「ははっ」と笑ってから私の頭の上にポンと手を置いた。
「ほら、早く行かないと遅刻するぞ」
「…うん」
自然な流れで手を握って、歩き出す蓮二に引かれるようについて歩く。
無表情でいることに勤めているが、どうも隣が気になって緊張してしまううえに、顔を逸らしたくなる。
「…………」
「………ふっ」
「…何笑ってるの」
笑っている理由は分かっているが、なんだか癪なのであえてそう聞いた。
「昨日のことを思い出してな」
「…や、めてよ恥ずかしい!」
「ほう、何が恥ずかしいんだ?」
わざわざ私の方に体を寄せ、顔を覗き込んでくるあたり、蓮二は意地悪である。いや、意地悪とかそういう可愛いものではなく、ただのSだ。
「顔が赤いぞ、一体どんなことを思い出したのか詳しく教えて欲しいな」
「スケベ、ドS、セクハラ」
「……昨日はあんなに可愛いかったのにな」
はぁ、というわざとらしいため息を聞いても申し訳ないとは思わない。
それよりも、早くこの話題を避けられないかと昨日見たテレビの内容を思い出す。
衝撃映像ベスト100というバラエティー番組だったのだが、あまり記憶に残っていたので蓮二にこれと言って話すことはない。
そもそも、昨日は蓮二との…ごにょごにょがあったことで頭がいっぱいだった。
思い出しては赤面して、思わず出た奇声を抑えるためにクッションに顔を埋めてバタバタとしていた。
リビングにあるテレビを見ていたから、お母さんが変な目でこちらを見ているということに気づいてから、しぶしぶ二階に上がったのだけれど。
「ナマエ」
昨日の出来事をぐるぐると思い出している途中に、ふいに蓮二に腕を引かれた。
勢い余って蓮二にひっつくような体勢になってしまったが、なるほど、あのまま私が真っ直ぐ歩いていたら電柱にぶつかってしまうところだった。
しかし、こんな抱き寄せられるかのように、私が電柱にぶつかるのを阻止してくれたのが少し照れくさい。
蓮二のさりげない行動ひとつに、自分が彼に大切にされていると実感する。自惚れかもしれないけれど、蓮二の優しさが私を浮かれさせる。
「ありがとう…」
「どういたしまして」
素直にお礼を言って、蓮二にひっついていたままの体勢から立て直し、距離を取ろうとしたが、柳に腕を引かれそれは出来なかった。
「ちょ、蓮二…」
「全く、お前は単純だな」
クスクス、と耳元で笑う蓮二を睨み付けながら、私のお腹に回されている腕を叩く。
登校時間なんだから、他にこの道を生徒が歩いているかもしれないのに、もしこんなところを見られでもしたらどうするつもりなのか。
朝からバカップルがいちゃついているにしか見えないだろう。
「俺の作戦通りだ」
「…作戦?」
なんのことだ、と蓮二を見上げると、お腹に回っていた腕がほどけ、やっと私を解放してくれた。
「お前が覚えているのか不安なところだがな…」
「だから、何のこと?」
「聞きたいか?」
悪戯っ子のような無邪気さを含んだ優しい笑みに、素直に頷く。
聞いて欲しいくせに、と心の中で呟いてから、蓮二を見上げる。
蓮二はなんだか嬉しそうで、こちらまで口元がゆるゆると緩んでいく。
漫画で表現すると、私達の周りには花でも飛んでいるのではないだろうか。
「お前の家には、大量の少女漫画があるだろう。俺は既にその漫画を100%近く読み切っている。そして、それらを読んで気付いたことがある。
ひとつ、お前は少女漫画が好きだ。ふたつ、その少女漫画の気に入ったシーンを長時間読んでいた形跡がある。みっつ…お前はそれらに憧れている」
ここでなんとなく、蓮二の言いたいことを察した。
随分前に、少女漫画の再現をしてやろう、と言っていたのを思い出した。蓮二は、それを言いたいのではないだろうか。
少女漫画の再現で私を口説き落とすとかなんとか言っていたし、きっとそれが作戦というやつだろう。
「それで、少女漫画の再現をしてくれたわけ?」
ちゃんと覚えていますよ、というアピールもこめて得意気に言った。
だいたいの当たりをつけての発言だったが、間違ってはいないようだ。
蓮二はそれを聞いて、フッと笑った。
「再現という程ではないがな。ベタな展開に持ち込む…と言った方がいいだろう。しかし、ベタな展開というのも中々に効果的だ。現にお前は、俺に翻弄されていた」
違うか?と聞いてくるが、答えなんてわかっているくせにわざわざ聞いてくるあたりが蓮二である。
それも作戦のひとつ?と聞き返すと、そうかもしれないな、と肯定ともとれる返事が返ってきた。
「お前の憧れのシチュエーションを俺が叶える、それだけでお前は俺にときめくだろう。全ては俺の作戦通りというわけだ」
「…そういうこと、私に言ってもいいの?」
「問題ない、何せ作戦は成功だ」
自信有りげに微笑み、蓮二は握っている手を繋ぎ直し、指を一本一本絡めとられる。
この指と同じように、私も蓮二に絡めとられているのだろう。それもとっくの昔に。
取り返しがつかないくらい。
「俺に落ちただろ、ナマエ?」
ちょっと王国まで
20120831 end