試合を見る限り、柳は調子が良さそうだ。
「柳が絶好調過ぎて引く」
「ああ」
応援席からフェンスを挟んで、中のコートにいる丸井君と桑原君の会話が聞こえる。
絶好調と言えるほど調子がいいらしい。
今も華麗にポイントを決めたところだ。
テニスって結構ハードなスポーツなはずなのに、柳は汗ひとつかいていない。
「流石、あの3人は強いねぇ」
「あっちの方で真田君なんか高笑いしてるわよ」
私の隣に座る新聞部の先輩は感心したようにコートの中を見ている。
写真部の先輩は首にかけたカメラを手に取り、立ち上がって写真を撮っている。
「今年は何枚売れるかな〜」
「去年よりは売れるわよ、なんせ1年生にイケメンが多いし」
「……あの、売るって何をですか?」
「写真よ写真。あ、苗字さんにも柳君の写真あげるね」
パシャパシャ、と試合風景の写真を取っている先輩の発言だけでだいたい把握できた。
テニス部の選手の写真を撮って、それを女子生徒にでも売っているのだ。
校則違反ではないか、と言うのも野暮なので黙っておくが。
「あ、そういえば苗字さん、この前頼んだアンケートに柳君答えてくれた?」
「答えてくれましたよ。…柳だけでは無いですけど」
昨日先輩に押し付けられるようにして渡された、質問の書いてあるメモ帳を、昨夜柳達の泊まっている部屋に一応持って行ったのだ。
幸村君の提案した王様(俺様)ゲームに皆が飽きて来た辺りで、柳に質問をしたら、柳以外も質問に答えたがったのだ。
それ故に、メモ帳には柳以外の6人の回答も記入されている。
それを見て新聞部の先輩は目を剥いて驚き、でかした!と私の肩を叩いた。
「うわー…よく答えてくれたね。真田君とかこういう質問に全く答えてくれないのに」
確かに、真田は質問に答えにくそうだったが、幸村君の微笑みを見た瞬間どもりながら答えてくれたのだ。ほぼ幸村君の無言の脅迫のおかげである。
メモ帳に書いてある回答をペラペラとめくり、先輩は楽しそうにそれを読んでいた。
興味を示したのか、写真部の先輩も一緒になってメモ帳を覗き込んでいる。
私は既に内容を知っているから、じっと柳が試合をしているコートを見つめていると、柳が1ゲームを取りチェンジコートのためこちら側に歩いて来ていた。
柳もタイミングよくこちらを見て、目があったものだから、軽く手をふる。
遠目ながらも、微笑んでいるのが分かった。
そして手招きをするものだから、観客席から移動してコートとの間にあるフェンスに近寄った。
「お疲れ様」
「ああ、ありがとう。…どうだ、試合を観戦してみて」
「うん、結構楽しいよ。ルールもこの前ある程度覚えたから、試合の流れもなんとなく分かるし。……それに、」
ふと、私が口ごもると柳は嬉しそうに首を傾げた。
私が言いかけていたことが分かっているくせに、あえて分からないふりをしているのだ。
内容が既に相手にばれてしまっているから、言うのに抵抗がある上に、気恥ずかしい。
「それに、…何だ?」
「……試合頑張ってください」
「つれないな」
戯けたようにため息をついてから、柳がパワーリストを外して私に寄越した。
受けとったそれはずっしりと重く、今までこんなものを腕につけたままの状態で試合をしていたのかと驚く。
あんなに涼しげに、流れるような動作をやってのけていたのかと思うと、三強のひとりと呼ばれる柳の凄さを思い知った。
「意地でも言わせてやろう。しっかり見ておけ」
言われなくても見てるよ、と内心思ったが恥ずかしくて口には出来なかった。
何で柳はこんなにも格好いいんだろう、と本人に訪ねてしまいたいくらいだ。
颯爽とコートに戻って行き、ポカンとしている相手選手に向かって容赦なくボールを打ちこむ姿に、惚れ直してしまいそうだ。
「…あれ、柳君の好みのタイプ、苗字ナマエって…」
後方でメモ帳に釘付けになっていた先輩達の声が聞こえたが、意識はコート内の柳に集中していた。
これまた鮮やかにポイントを決めた柳と目が合い、どうだ?というように柳が笑う。
うん、と頷きたいところだが、柳の後方でベンチに座っている幸村君の雰囲気が恐ろしくて、苦笑いしかできなかった。
20120711 執筆