まさに王様

夜に話そう、と柳と約束をしたのはいいものの、細かい場所や時間を決めていなかったので、いざ仕事もお風呂も済ませたがどうすればいいのかわからない。
仕方がないのでメールで柳にどこへ行けばいいのか聞くと、思いの外すぐに返信が返ってきた。そのうえ、指定された場所が柳達の部屋である。

確実に同室の幸村君達もいるだろうから、恐らく二人きりにはならないだろう。


それにがっかりしつつも、なんだかんだで柳のことが好きなんだと実感して少し恥ずかしくなる。
1年以上付き合っているのに、今更恋人になりたてのような初々しい気分になる。
確かに最近、より一層柳のことを考えるようになった。
前に、お前をもう一度口説き落とすとかなんとか言っていた柳の言う通りに物事は進んでいる。
悔しいとは思わない。ずるずると柳に甘い海に引きずり込まているようで心地いい。

そういえば、もう一度口説き落とすだなんて、以前いつ口説き落とされたんだったか。

心当たりがないかと思い出を振り返りつつ、それがいつだったかと辿るうちに柳達の泊まる部屋に着いた。

部屋のドアをノックし、暫くしてドアが開けられる。


「こんばんは…」


一応夜なので控えめに挨拶すると、中から出てきたのは柳では無く仁王君だった。

私を見た瞬間、ニヤリと口端をあげ笑う表情からは嫌な予感しかしない。


「よう、苗字さん。待っとったぜよ」

「いや……やっぱ帰「参謀〜苗字さんが帰るとか抜かしよるぞ」

先生に告げ口をする小学生のような素振りで奥にいるらしい柳に声をかけるから、慌てて否定してから部屋にお邪魔する。
というか男子部屋に女子である私が入っていいのか甚だ疑問だ。
修学旅行なんかはよく異性の部屋へ行ってはいけない、などとしおりに書かれているものだけど。
恐る恐る部屋の中を覗くと、夜だというのにお菓子を貪る丸井君がまず視界に入り、その後ろで何故か床に倒れている柳、そしてその柳の上に折り重なっている真田、その真田の上に悠然と腰掛けている幸村君が目に入った。
この状況が全く理解できない。


「苗字さん、いらっしゃい」

「お…お邪魔します…」


相変わらず笑顔のまぶしい幸村君だが、その下に倒れている柳と真田は苦しそうにうめき声を上げている。
特に柳は、真田と幸村君の二人分の体重がのし掛かっているので苦しそうだ。
私が柳と真田に視線を動かしたことに気付いて、幸村君はゆっくりと腰を上げた。
しかし、真田も柳も暫くその場から動かないままだ。


「いやね、柳がこんな夜遅くにどこかへ行くみたいだから、どこへ行くのか聞いたんだけど、教えてくれなくてさ〜。尋問してたんだよ」

ごめんね、この部屋に来いってメールを打ったの俺なんだ、と謝られた。
なるほど、柳の携帯が幸村君の手に握られている。

やっと床にへばっていた真田が体を起こし、それについで柳も起き上がる。
幸村君は携帯を柳に返していたが、あの柳をここまでげっそりとさせることが出来るのは幸村君だけだろう。
携帯を受け取って無言で正座をしている柳が、幸村君に一体どんな尋問を受けたのか非常に気になるところだ。



「苗字さんが折角来てくれたことだし、何かゲームでもしようよ」
「精市が呼んだのだろう」
「文句あるの蓮二?」
「いや何も」
「ゲームっつっても、トランプとウノしかないぜ」
「丸井君、お菓子が頬についていますよ」
「おっと、いけね」
「ブンちゃん太るぜよ」
「そうだぞ丸井、最近お前の腹がたるん「たるんでねぇ!」


わいわいガヤガヤ、お馴染みの面子が集まり盛り上がっているところ悪いが、何故ここに私を呼んだのか非常に聞きたい。特に幸村君。

人を呼んでおいてこの放置プレイはないだろう、とぼーっと突っ立っていると、幸村君の隙をついて柳がこちらにやって来た。
幸村君達は王様ゲームでもするか、と良く分からない方向に話が進んでいる。


「すまないナマエ。精市に捕まってしまってな」

「うん…まあ、いいよ」

「……様子を見て抜け出すか?」

「無理だと思うよ、さっきから幸村君私達から視線外さないもん」

「………そうか」


柳の肩越しに見える幸村君は、王様ゲームの話をしつつも刺すような視線で時折こちらを見張っているから抜け出すのは無理そうだ。
背後に受ける視線を感じとったのか、柳は口を閉じて苦い顔をした。


「というか、なんであんなに幸村君機嫌悪いの。柳何かしたの?」

「したといえば、したな」

「……何を?」


賢い柳が幸村君の機嫌を損ねるようなことをするだろうか、と不思議に思っていたので少し驚いた。
柳にしては珍しいヘマをしたものだと、内容が気になり訪ねると低いテンションで返事が返ってきた。


「お前を合宿に連れて来た」

「……は?」

「合宿の間、精市は彼女に会えないのが寂しいのだろう。それなのに、俺はお前と合宿期間中でも会えるから、それが気に食わないのだろうな」

「……へぇ」



とんだとばっちりだ。
夕飯の時はそうでも無かったのに、何故今になってそんなことになったのか。
それも訪ねると、柳は諦めたように「精市は気分屋だからな」と遠い目で答えた。
柳も苦労しているんだな、と同情して肩を叩いたら、それを目敏く見つけた幸村君が割りばしを持って乱入してきた。

いつの間に王様ゲームのくじを作ったのか、割り込むようにくじを引けと言ってきた幸村君に逆らえるはずもなく、適当に割りばしを引き抜いた。

合宿に来た初日、分かったことは幸村君には誰も逆らえないことだった。




20120626 執筆