人数が人数だけに料理の入ったお皿を並べていくだけでも一苦労だ。
本来ならセルフサービスなのだが、予想以上に仕事が早く済んだので、ついでに済ませてしまった。
明日からは自分達で料理を取ってもらおう、と後悔していたら部員達が食堂に入ってきた。
「ああ…やっぱりカレーか」
「合宿と言えばカレーでしょ」
文句を垂れる部員に、写真部の先輩が鼻をフンと鳴らして返した。
それを聞いてその部員は「もっと斬新な料理は無いの?」と言いながら席についた。
しかし言葉とは裏腹にカレーを見た瞬間、目を輝かせていた。
そうとうお腹がすいているのだろう。
どんなハードな練習をしたんだろう、と想像しているとポンと肩を叩かれた。
振り向くと、疲れ果てた部員達に比べたらかなりピンピンしている幸村君が立っていた。
「やぁ、苗字さん。今日会うのは初めてだね」
「そうだね。ところでなんでそんなに元気そうなの?」
「え、そう?今日は結構疲れたんだけどな〜」
ケロッとした顔で笑う幸村君の背後では、顔色の悪い仁王君がふらついて柳生君にもたれかかっているし、丸井君は野獣のように夕ご飯に飛びかかって行くし、その様子を見て「たるんどる」と呟いた真田は入り口の仕切りに躓くし、桑原君は靴ひもを結んでいるしで、それぞれ皆疲れた様子だ。
しかし、柳の姿が見当たらない。無意識のうちに視線を動かすと、幸村君がクスリと笑ったのが聞こえた。
「蓮二は少し遅れてくるよ」
「あ…、そうですか」
考えていたことが見透かされて恥ずかしい。
思わず敬語になってしまった私を見て微笑んでから、幸村君もさっさと食堂の席についた。
そわそわと入り口の方に視線をやりつつ、食事を始めた部員の飲み水の補給をしている途中に、マネージャーと一緒に食堂に入ってきた。
何やらマネージャーと話をしており、柳の手振りから何かを説明しているように見えた。
それに対して、マネージャーはメモを片手にうんうんと頷いている。
一通り話が終わったあたりで、ふと柳がこちらを向いた。
一瞬緊張したのがバレたのか、柳はフッと口元を緩ませてこちらにやって来た。
「お疲れ、柳」
「ああ、お前もな」
「ご飯準備できてるよ」
「ありがとう。ナマエはもう夕飯を済ませたのか?」
「うん。ごめんね、手伝いが先にご飯すませちゃって」
「いや、この後も仕事があるのだろう?その方が都合がいいはずだろうから構わないさ。……それと、」
一瞬言葉を切って、柳は私の後ろに視線を向けた。
つられて振り向くと、カレーを目の前にしておきながらニヤニヤとこちらを見ている幸村君達の姿があった。真田君だけ首を傾げているのが少し面白い。
「ここだとあいつらの視線があって話にくい。…また夜に会わないか?」
「え」
「嫌か?」
「い、嫌じゃない!」
「…そうか」
ふ、と口を緩めて柳はスタスタと幸村君達が座っている辺りへと歩いて行ってしまった。
それに対して一旦息をついてた自分を不思議に思う。
なんで今さら柳に緊張しているんだろう。
すると、少し離れた場所からこちらの一部始終を伺っていた新聞部の先輩がニヤニヤしながらこちらにやって来た。
そして肩を叩かれ、耳元でそっと囁かれる。何もかも嫌な予感しかしない。
「何よ、柳君と結構仲いいんじゃない!」
「まぁ、そりゃあ、」
「で、さっき何て言われたの?」
ニヤニヤとからかいを含んだ笑みをこちらに向けてくる先輩に、素直に教えるべきなのか違うのか迷った。
しかし、このまま黙っているままでは先輩達が柳の彼女が私であることに気付いてくれなさそうなので、結局言うことにする。
「夜に時間があったら話そう、と…」
「おー、脈アリじゃん」
いや、だから私が柳の彼女で既に付き合っているから脈アリとかそういう問題じゃないんですよ!と口を開こうとしたら、その前に先輩に小さなメモ帳を押し付けられた。
「ちょっと新聞部の取材に協力してよ。そのメモ帳にいろいろ質問書いてあるから、柳君から情報を引き出せるだけ引き出してもらえない?」
「え」
両手を合わせて、お願い!と強く言われてしまって一瞬どうしようかと迷った。
私に頼んだところで柳から情報を引き出すなんて無理な話だ。
奴が中学のころの異名を聞いても分かる通り、そういう駆け引きに特化した人間に私がかなうはずがないのだ。
しかし、その一瞬私が口を閉じたのを何故か肯定的なものに受け取られ、新聞部の先輩は笑顔で食堂を出て行った。
都合良すぎでしょ、と呟いた私の声は恐らく届いていない。
20120612 執筆