いつも手のひらの上

「蓮二も考えたよね」


ポリ、とポッキーを噛み砕きながら私の前に座る幸村君が呟いた。
何故ここに幸村君がいるのかと言うと、少し前までここにいた柳に用があってこの教室にやって来た。
その柳がタイミング悪く先生に呼び出されたものだから、幸村君はその帰りをここで待っているらしい。
そしておもむろにポッキーを取り出し、私の前でチマチマと食べているのだ。
ちなみに私は今、来週からあるテニス部の合宿へ向けマネージャーの基本マニュアルというものに目を通していた。


「苗字さん、合宿の手伝いに来るんだろう?」

「うん」

「柳を見られるから嬉しいでしょ?」

「………まぁ」

「なに今の間。照れてる?」


楽しげに笑う幸村君の発言がある意味図星なので、そのまま押し黙ってしまった。
どうにか誤魔化したい私とは反対に、俺も彼女を誘えばよかったなー、と漏らしている幸村君は既に私のことなどどうでもいいようだ。

このまま話を掘り返される前に話題を変えてしまおうと、以前から気になっていたことをたずねることにした。



「ねぇ、聞いてもいい?」

「何?」

「マネージャー内部でトラブルがあったって聞いたんだけど、何があったの?」

「ああ…レギュラーの先輩の一人がマネージャーに2股かけてたんだよ。それがバレて今修羅場状態なんだよね」

「………」



なんというか、テニス部強豪校にあるまじき事ではないだろうか。
病気だとか怪我だとかそういう深刻なことだと思っていたのに、男女関係の問題だったとは。


「でもその先輩、テニスの腕はいいからレギュラー落ちはしなかったんだ。だけどそうしたら、マネージャー二人が合宿に行きたくないって言い出してさ〜。それで、苗字さんみたいに助っ人を呼ぶことになったわけ」

「…へぇ」

「でもまぁ、合宿に来ないマネージャー2人もまずいかな」


幸村君が綺麗に微笑みながら、ポッキーの開封口をこちらに差し出す。
どうやらポッキーをくれるらしいので、袋から一本引き出し口に入れる。


「私情で合宿に行きたくないなんて、自分勝手で部の迷惑以外の何物でもないよ。俺が部長ならすぐにクビだね」

「部活にクビとかあるの」

「無いけど、部を辞めるように追い詰めるかも」


とても今更なことだが、幸村君は穏やかな笑顔で辛辣なことを言うから怖い。
笑顔できついことを言うのがギャップになって、より恐ろしい。
それに妙に威圧感があるから、なんだか逆らい辛いように思う。
出来れば敵に回したくないような、そんなタイプだ。


「そういえば、苗字さんって中学の頃バレー部のマネージャーしてたんだね。知らなかったよ」

「幸村君が知らなくて当然だと思うよ。私が柳と付き合ってなかったら、話をする機会すら無かったと思うし」

「ふふ…そうかもね。でも今は、かなり苗字さんに興味があるなぁ」


そう言って微笑むから、一瞬言葉を失ってしまった。
何と反応を示せばいいのかと動揺した瞬間、それは杞憂に終わる。


「蓮二の機嫌が最近ずーっといいんだよね。その理由を本人に聞いたら、惚気になるから言わないって言うんだよ。もうその時点で惚気てるんだけどさ」

「………」

「で、蓮二って二人の時どんな感じなの?苗字さんには甘そうだよね?」


楽しげに質問してくる幸村君の目は好奇に満ち溢れている。

私に興味があるって、ようは私といる柳のことに興味があるらしい。紛らわしい発言はひかえて欲しいな、と思いつつ勝手に勘違いをした自分は棚に上げておくことにする。


「甘いというか…言葉で責めてくるというか…」

「へぇ、例えばどんな「いい加減にしろ精市」


私の後方から声が聞こえたと思えば、呆れたようなため息と共に頭の上に手が乗る。
この頭を撫でられる感覚は私がよく知るもので、すぐに誰かだなんて分かってしまう。



「ナマエ、マニュアルには目を通せたのか?」
「あ…まだ途中」
「あーあ」
「あーあ、って幸村君。ほとんど君のせいだからね」
「人のせいにするのは良くないよ」


ははは、と笑い幸村君はポッキーの箱を柳にも差し出す。
あまりこういうお菓子を食べない柳にしては珍しく、ポッキーを2本引き抜いた。
幸村君はそれを見て口元に笑みを浮かべる。


「このポッキー彼女のなんだ。勝手に持ってきたから怒ってるかもしれないけど、楽しいこと思い付いたからお裾分け」

「だろうな。ありがたく頂くとしよう」


柳と幸村が笑い合って意志疎通をしているところだが、私だけ意味が理解できない。
一体今の会話だけで何が分かったのか、幸村君はさっさと教室から出て行ってしまった。
柳に用があるんじゃなかったのか。


「さて、精市の用も済んだことだし、」

「え…、いつ用が済んだの?」

「ついさっきだ」

「ポッキー貰っただけじゃん」
「それが用だ」

「は、」

「さてナマエ、お前はポッキーゲームというものを知っているか?」


緩やかに微笑みながら、柳は先ほど幸村君から貰ったポッキーを2本ちらつかせる。
とてつもなく嫌な予感しかしないこの状況に頭をかかえたくなった。
というか幸村君は、これだけのためにここで柳を待っていたのか。


「マニュアルを読みきれていなかった罰だ。ほら、口を開けろ」

「えええ…」

「安心しろ、失敗をしてもいいようにポッキーは2本ある」


何を安心しろというのか。
問答無用でポッキーを口に突っ込んでくる柳に抵抗をするが封じこめられ、私のくわえたポッキーの反対側を口にくわえる。
本当にポッキーゲームするつもりらしい。
せめてもの抵抗でポッキーを噛み砕いたら、そのまま口を塞がれてしまってあまり意味を為さなかった。


20120525 執筆