計画的誘導尋問

柳がえらく機嫌が良さそうに一枚の紙を渡してくるので、警戒しつつそれを受けとる。
紙には立海テニス部高等部強化合宿というタイトルが書いてあり、その下には細かな説明が書いてある。
説明を読む前にとりあえず柳を見ると、いつものように微笑まれた。

「…何これ」

「見て分からないか?テニス部の合宿についての資料だ」

「いや、それは分かるんだけど…なんでこれを私に見せるのかが分からない」

「察しはつかないか?」

「……いやいやいや、思い当たるといえば思い当たるけど、やっぱり意味が分からない」

「ならば簡潔に言おう。今度のテニス部の合宿の手伝いに来てもらえないだろうか」


何それ、何がどうなってテニス部部外者の私が手伝いに行くことになるのか。
そんな私の思考を読み取ったのか、私が口を開く前に柳が説明を始めた。


「テニス部マネージャー内部で少々トラブルがあってな。それによって欠員が出たので、誰か手伝いに来られそうな奴はいないか、と部長に聞かれたのでお前を推薦しておいた」

「ええ……」

「そんな嫌そうな顔をするな」

柳が楽しそうな反面、嫌な予感がしてならないのでそんなに喜べるわけがない。
第一、手伝いというだけでも面倒くさそうなのに、何を考えているのか分からない柳の機嫌の良さが合わさって、裏がありそうで怖い。


「ああ、心配するな。ちゃんと寝食は出来るぞ」

「その心配はしてないんけどさ…」

「なら問題はないだろう」

「いやいや、問題だらけ…でも無いかも知れないけど、やっぱり遠慮したい」

そんないきなり赤の他人の私が強化合宿とやらに参加したら、少なくとも周りの人達は戸惑うだろうし、あいつ誰?みたいな感じの視線を向けられるのは目に見えている。


「お前は、テニス部の練習を見てみたいとは思わないか?」

「それは…」


別に今まで練習風景を見たことが無いわけでは無いが、高等部に上がってもテニスコートの周りは人でいっぱいである。
そんな中を割って入る元気もなく、実質練習風景をじっくり見たことは無い。
だから、柳がテニスをしているところはあまり見たことが無い。
正直なところ、見てみたいなー、なんて。


私が一瞬揺らいだ瞬間、クスリと笑う声が聞こえて慌てて顔を上げる。
私の考えていることを読んでいるかのようなタイミングで柳が笑うから、内心焦ってしまう。
もしかして、気付かれただろうか。


「今、一瞬参加しようかと思っただろう?」

「……思ってない」

「意地を張るな」

「張ってない」

「…正直、こんな機会はそうそう無い」



柳は、強化合宿の資料を丁寧に折り、どこからともなく取り出した茶封筒にそれを入れる。
そしてそれを、再び私に差し出してくる。


「部長に、誰かマネージャーの代わりが務まる人間がいないか、と問われた時に真っ先にお前が頭に思い浮かんだよ。
中学の頃にバレー部のマネージャーを経験しているし、仕事も比較的真面目、精市達に色目も使わないし、条件としては充分だ。
…それに、お前と一緒に合宿へ行けるものなら、行ってみたい」


「…最後だけ柳の私情じゃん」

「最低条件を満たしているから問題は無い。むしろ、一石二鳥だろう?」



楽しそうに笑う柳を見ていると、だんだんと意志が傾きかけてきてどうしようも無くなる。
私の能力の評価よりも、柳の"私情"を聞いたことの方が嬉しくて、赤くなっているだろう顔を俯いて隠す。
きっと柳にはバレバレなんだろうけど、こうせずにはいられない。


「お前が手伝いに来てくれれば、俺はいつも以上に頑張れるんだがな」


最初から、私の回答は柳の中で決まっていたのだ。
私がその決められた回答通りの反応を示さなければ、そう答えさせるように誘導するだけ。
しかも、柳の魂胆が見えたところで、私の意志は傾いたままだから質が悪い。


「…じゃあ、行く」

「そうか」


ポン、と頭を撫でられる感覚が心地いい。
なんだかんだで、柳の合宿とやらについて行けるというのは嬉しい。
マネージャーの内部事情と合宿が重なって、誰か部外者を引き入れなければならない程のことはそうあるものではない。
テニス部にとってはあまりいい状況では無いから、喜んではいけないんだろうけど。

なんだか、漫画みたいな展開だな、と一人考えていたら、頭の上から優しい声が降ってきた。


「まるで、お前の家にある漫画のような展開だろう?」


「………まさか、」


ここまでマンガの再現をする必要は無いだろう。
今まですっかり忘れていたが、随分前の柳の発言を思いだした。
柳は一体、どこまで頭が回るんだ。



20120523 執筆