余計なお世話

「苗字さん、ちょっといいかの?」


教室が一瞬ざわついたかと思えば、違うクラスの仁王君が教室に入ってきた。
申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げる姿から、彼が私に会いに来た目的は想像がつく。というか、それしか思いつかない。


「柳に何か言われた?」

「いや…。というか、見とられん。頼むから、話だけでも聞いてもらえんじゃろうか?」

「…聞かなくても予想はつくけど、聞いとく」


ホッと息をついた仁王君は、私の前の席に腰かけて後ろを向いた。
私の前の席の女子が、遠くで赤くなっているのが見えたが、文句を言わせないための計算の内か。


「いやの、昨日真田を買い出しに行かせた後、俺のカバンの中に偶然DVDが入ってるのを見つけて、」

「アダルトなDVDが何で偶然仁王君のカバンに入ってるの」

「そこは触れるな。で、真田ならそれ見ただけで真っ赤になるだろうなー、と思ってタイミング見計らって再生しとったんじゃ。それで真田の反応は予想通りで作戦成功だったんじゃが…まさかお前さんもいるとは思わなかった」

「…聞いてるかもしれないけど、買い出し帰りの真田に偶然会ったの。その流れで一緒だっただけだよ」

「おう、それは聞いとる。それに、あのDVDを見ようと言い出したんは俺や切原じゃき、柳はなんの関係もなか」

「…だろうね」

「……なんじゃ、昨日とは大分態度が違うの」


仁王君にそう言われても仕方がないように思う。

昨日、あの気まずい空気になった後、なんだか無性に苛々して持っていた買い物袋を思い切り柳に投げつけたのだ。
しかし流石は柳というところか、飛んできた買い物袋をキャッチして、慌てた様子でこちらにやって来たのだ。
投げつけたものを容易くキャッチされたこともあるが、それより先程のDVDを柳も見ていたということに頭が熱くなった。
苛々してむしゃくしゃして、ずっと柳の慌てる姿が見たいと思っていたのに、いざ目にしても全く嬉しくないし、気分もよくない。
柳は何やら「違う」「落ち着け」「誤解だ」とか言っていたが、無視してそのまま丸井君の家を後にした。
柳は家まで追い掛けてきたが、それでも一言も言葉を返さなかった。
腹立たしいというよりは、何故か悔しかった。


しかし、それもある程度時間を置いてから冷静になって考えてみれば、今度は私が後悔をする番だった。


「良く考えたら柳がああいうもの自分から見ようとするとは思えないんだよね。あのメンバーから考えたら余計に」

「…なんじゃ、分かっとるんじゃないか」


そりゃあ、柳の彼女だし。と心の中で呟いて机にぺったりと伏せる。
それでも、柳があの空間にいたのは事実だし、あの空間にいた以上DVDを目にしていたのは確実だ。


「でも、やっぱりムカつく」

「それはお前さんが参謀のこと好きな証拠ぜよ」


ほら、と仁王君が教室の出入口を指差す。
そちらに視線をやれば、柳が突っ立ったままこちらを見ていた。
図体のでかい柳が入り口に立っているものだから、後ろの生徒が教室に入り辛そうに柳を見ている。


「で、あれが参謀がお前さんのこと好きな証拠。話くらい聞いてやってくれ、昨日から落ち込んどるき」


言われなくとも、と席を立ち上がる。
事の発端である仁王君だが、こうやって説得しに来てくれたことには素直に感謝だ。
柳に謝ろうとは思っていたが、その背中を押して貰えたような気がする。


「ありがとう、仁王君」

「…いや。俺もすまんかった」

仁王君って案外いい人なんだな、なんて個人的な好感度が上がったところで、仁王君が私を呼び止めた。


「ところで苗字さん、ひとつ聞きたいんじゃが」

「なに?」

「苗字さんと参謀は、付き合って1年くらい経っとるよな?」

「?、そうだけど」


手を顎にあて、何かを考えるように真面目な顔をして黙った仁王君に、少し不安になった。
何か、良くないことがあっただろうか。



「お前さんら…1年も付き合ってるのにヤってないんか?」


折角好感度が上がったばかりだったのに、仁王君の好感度はこの発言だけで急下降だ。

俺なら我慢できん、とか仁王君の意見はどうでも良いと思い切り机に手を叩きつけたら、クラス中の生徒がびっくりしてこちらを見た。
勿論、教室の出入口に立っていた柳にもそれが聞こえたらしく、ビクリと肩を震わせていた。


「…どうもありがとう、仁王君」

「い……いや、どういたしまして…」


顔色が悪くなった仁王君に嫌味っぽくお礼をもう一度言い、柳の立っている出入口へ向かった。


20120506 執筆