険悪フェードアウト

「おい」


なんとなく朝一で言われるだろうな、とは思っていたから、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには朝から機嫌の悪そうな日吉君が、肩にラケットバックをかけて立っていた。
朝練習をしてきたのだろう、汗をかいて髪の毛が少ししんなりしていた。


「なんでしょう」

「お前だろ、これを俺のカバンに入れたの」


日吉君の手には、昨日誤って私の机の中に入っていたラブレターがあった。
手紙の口が少し緩んでいたから、恐らく開封して中身を読んだのだろう。
それになんだか勝った気がして鼻で笑えば、日吉君はさも不快と眉間に皺を寄せた。


「なんで捨てたものをわざわざ拾ってくるんだよ」

「なんとなく」

「はぁ?」


嘘、なんとなくでは無くちゃんとした理由はある。
ただ、それを本人に直接言えるかといえばそれは流石に無理だ。
昨日のあの後、私が別段気にすることでも無いのに無性に苛々して、憂さ晴らしに日吉君のカバンにあのラブレターをこっそり突っ込んでしまったなんて。
簡単に言ってしまえば、ただの八つ当たりである。
そんなことを言えば、確実に日吉君の機嫌を損ねてしまうだろう。
まあ、今すでに損ねてしまってはいるのだが。



「お前…何がしたいわけ?」

「あー…ほら、差出人の女の子が可愛そうじゃん」



誤魔化すために、適当なことを言っただけだった。
しかし、それを聞くや否や日吉君の顔色が何故か悪くなった。
眉の辺りがひきつっており、口元は一文字に引き結ばれている。
あまりの顔色の悪さに、私も少したじろいでしまった。
何か悪いことをしてしまったのかと、若干後悔している途中で日吉君は席についた。


「…え、なんかごめん」


意味も分からず謝ると、日吉君はギロリとこちらを睨んでからため息をついた。
一体何なんだ、と考えていたら、ふいに日吉君が口を開いた。


「…なぁ、お前。告白されたことあるか」


それは嫌味か。
先程まで私の中を占めていた、申し訳ないという気持ちが華麗に吹き飛んで行った。
私は別段美人でも可愛いわけでも無いし、日吉君のようにテニスが上手いとかそういうステータスも無い。
男子と話すかと言われれば、必要最低限しか話さない。
要するに、異性を惹き付けるような魅力が私にあるとは思えない。
長々と説明したが、簡単に言うと告白されたことは今までの人生で一度もない。


「無い」

「……そうか」


またため息をついたかと思えば、日吉君は首をがくりと下げた。
何だ、私が告白されたことが無いのがそんなに残念なのか。

というか、日吉君こそ告白なんて何回もされたことがあるばずだ。
あの女子人気で有名な氷帝テニス部のレギュラー選手だと、前に友達が話していたのを聞いたことがある。
レギュラー選手になったこともあるが、見た目もそんなに悪くない日吉君のことが好きな女子も結構いる、というのも同時に聞いた。
日吉君に告白をされてたのを見た、という話も聞いたりしたので、間違いでは無いはずだ。
だとしたら、この質問の意味はやはり嫌味なのか。
しかし、それにしても……日吉君の顔色が悪い。


「お前のせいだからな…」

「は?」


意味が分からない。
私が首を傾げると、日吉君はギリと唇を噛んだ。
え、そんなに私がラブレターをカバンに突っ込んでたのが気に食わなかったの?と再び申し訳無さが押し寄せてきた。


「…え、ごめんなさい」

「……今更謝ったって手遅れなんだよ」


ハァア、と朝から本日何度目のため息をついて、日吉君は手に持っていたラブレターを私に差し出してきた。
これは、どういうことだろう。

「何?」

「読め」

「は?」

「いいから、読んでみろ」


そんな人様宛のラブレターを読むなんて滅相も無い、と思いつつ、ラブレターなんてものを受け取ったこともないし、本物のラブレターとはどういうものか少し気になる。
それと同時に、日吉君がここまで参っている理由はおそらくこのラブレターが原因だ。
何が彼をここまで悩ませるのか非常に気になる。
興味本意で受け取り、封筒の中からこれまた可愛らしい淡い色の便箋を取り出す。
開くと、そこには簡単な呼び出しの文章が書いてあった。


『日吉君にお話したいことがあります。今日の放課後、屋上で待っています。』


本当に普通の内容だ。
一体、これの何がいけないんだろうと日吉君を見れば、相変わらずの顔色の悪さで質問してきた。


「これ、差出人がどんな奴か分かるか?」

「え、日吉君、放課後屋上に行ってあげなかったの?」

「いや…………………………行った」


なんだ今の間は。
何を思い出したのかは知らないが、頭を抱えて項垂れてはじめた日吉君に、こんどは同情の気持ちが生まれた。
告白してきた女子がかなり不細工だったとか、そんな感じなのかな。
日吉君の顔色を伺っていると、俯いたまま再び話はじめた。



「違う、そうじゃない。その文面を見て、イメージできる相手の人物像を教えろ」

「え〜…、結構女の子っぽい字書くし丁寧だし、封筒とかも可愛いから…まあ可愛い子じゃないの?」


可愛い子基準は、日吉君とは違うかもしれないけれど。
しかし、やはり手紙を見ただけでは素直にそんなことしか出て来ない。
文面だけでは不細工だって分からないよなぁ、と思いつつ便箋を封筒にしまって、日吉君に返す。
しかし、日吉君はそれを受け取ろうとしない。


「…そうか」


私の回答に頷いただけで、日吉君はまたため息をついた。
今日はもう何回目だ、と呆れていると、ふいに日吉君が顔を上げた。


「おい」
「…何?」
「もうひとつ聞きたい」
「うん?」
「お前……、」



同性に告白されたことあるか?と聞いてきた日吉君に、だから私今まで告白されたこと無いんだけど、と返していいのか迷った。


20120408