親密ホーンデッドハウス

「………」


ズッと鼻を啜ると、隣に座っていた若君も若干俯いて無言になった。
随分前に放映された映画だが、公開日に若君を無理やり引っ張って一緒に映画館へ行ったのは懐かしい思い出だ。
思いの外いい映画で、終盤にぼろぼろと涙を流した私の横で、若君もジーンときていたようだったから、若君も感動するのだなと少し驚いていた。

その映画がレンタルショップに並んでいたから、また二人で見ようと思ってわざわざ借りて来たのに、若君にDVDのケースを見せると嫌な顔をした。
少なからずショックを受けたが、どうもその嫌な顔をした理由が、いつもの表情を保ったまま最後まで見きれる自信がない、ということだった。
要するに泣いてしまうかもしれないから見たくない、というなんとも若君には似合わない可愛らしい理由だった。

そんな若君を押しきり、映画を見終わった今は案の定、私は泣いているうえに、若君は無言で何も言えない状態になっている。
この映画を見たのは二度目であるにも関わらず、流れるエンディングを聞きながら二人で固まっていた。


「……よし、次見るぞ」

「いや、もうちょっと感動に浸ろうよ」


先に回復した若君は、最近購入したらしい禍々しげなDVDのケースを取り出した。
先程まで感動してちょっとしんみりしていた若君の表情が何やら楽しそうな表情に変わる。
言わずもがなホラー映画のDVDだろうが、嬉しそうにDVDをセットしはじめる若君を見ていると、可愛いのか不気味なのか分からなくなってくる。


「それ、なんて言う映画?」

「雨の教室」


ホラー映画にしてはそんなに怖そうなタイトルでは無いな、と思いながら、若君がDVDをセットし終えてベッドの上の薄めの布団を手にとっているのを眺める。
その布団を自分の肩にかけ、そのまま私の隣に座ってから、布団を私の肩にもかけてくれる。

ホラー系映画の好きな若君に付き合ってこういう映画を一緒に見ることはままあった。
映画館ではどうしようもないが、自宅で鑑賞する時はいつも私は布団を被り隙間を開けて見ていた。
ガキか、と一蹴した若君ではあったが、私が隣にひっついても文句も言わず、逆に頭を撫でてくれたりして私を安心させてくれた。
それを繰り返すうちに、布団の中に若君も入ってきて、ホラー映画を鑑賞する時はこのスタイルをとるのが習慣になった。
悲しきかな、ホラー映画を見る時が一番若君といちゃいちゃしていられるのだ。


二人して布団に包まるというこの行為には慣れたはずなのに、普段あまりこういうことをしないせいかやはり照れる。
遠慮がちに若君にくっついてから、肩にかかった布団を引き寄せる。


「あらすじを読んだが、ホラーよりミステリーに近いかもな。多分そんなに怖くはないだろ」

「…え、じゃあ何で買ったの?」

「なかなかこの映画の評判が良くてな、気になっから買った」

「ふーん…」


若君の肩に頭を預け、予告の始まったテレビ画面に視線を向ける。
そんなに怖くないというのなら、私でも最後まで見ていられるだろうか。


「…なぁ」

「何?」

「腕絡ませてくるな」

「…いいじゃん別に」

「お前そうやってこの前、俺の腕締め上げただろ」

「だって怖かったんだもん」

「もん、とか言うな。寒気がする」

「ええ…そこまで?」


いや、確かに言った後に自分でも何言ってんだ私、とは思ったけど、彼女に言う言葉にしては酷くないか。
まあ若君は、通常状態で私に辛辣だから、そうでもないのかもしれないけれど。

しぶしぶ絡めていた腕をほどいて、自分の膝の上に置く。
言っておくが、私だってかなり勇気を出して腕を絡めているのだ。
素直にベタベタと甘えられる性格でも無いから、こういう機会でも無ければなかなか積極的になれない。
それをやめろ、と言われてしまうと中々に悲しいものだ。

あーあ、と内心ため息をついて、テレビに写し出される学校の風景に目をやる。
若君は、学校の七不思議というジャンルが好きで、見ているホラー映画の舞台が学校であるパターンが多い。
それを含め、恐らく怪奇的で謎に満ちたものが好きなようだ。
時々特番でやっている宇宙人特集や未確認非行物体の特集などを見ている時はあの切れ長の目がキラキラと輝いている。
付き合ってみて分かったが、若君は好奇心旺盛で、そういうところが意外と子供っぽい。


ふ、と思わず笑ってしまい、若君は何だよ?という風にこちらを向いた。
何でもない、と言えば不満そうな表情で追及してくる。


「だから、何でもないって」

「嘘つけ、半笑いになってるぞ」

「ほら、映画見なきゃ」

「ごまかすな」


ついに若君の腕が伸びてきて、頬をむに、と摘ままれた。
案外痛いこの行為をやめさせようと若君の腕を掴んだら、不意に顔に影が落ちた。
不意討ちで口を塞がれ、頬を摘まんでいた手はそっと添えられる。



「………ホラー映画見ながらキスってどうなの」

「ホラー映画見てる時が一番恋人っぽいだろ、俺達は」

「…何だ、若君も分かってたんだ」


返事の代わりにもう一度唇を重ねてから、二人してクスクスと笑う。
テレビからはオープニングが始まったらしく、何やら女性ボーカルの高い声が不穏な曲を紡ぎ始める。

こちらに身を乗り出していた若君は体をもとの定位置に戻し、再び視線をテレビに向ける。
調子にのった私は、布団に包まれる下で、若君の腕に自分の腕をからめて寄りかかった。
今度は若君も何も言わなかった。



20121003