逸脱ショータイム

氷帝学園高等部へと進学し、先日のオリエンテーションに引き続いて部活動紹介が講堂で行われた。
結局、若君と同じクラスにはなれなかったが、お互いに教室は隣同士であるためそんなに距離はない。
クラスごとに纏まって席についているから、ひとつ前のクラスの若君の様子が伺えた。
隣に座る鳳君となにやら話をしているようが、後方に座っている女子達がそわそわしていることにあの二人は気付いているのだろうか。
氷帝学園テニス部というブランド染みた所属だけでも目立つのに、二人は中学時代はレギュラーであり、若君に至っては元部長である。
そりゃあ、気にならないわけがないよなぁ、なんて思いながら頬杖をついてステージに目をやる。
ステージの幕がゆっくりと上がり、生徒会の人間らしい人が出てきてお辞儀をし、これから部活動紹介をはじめます、とアナウンスをした。




跡部さんは海外留学する、という噂を聞いていたが、日本に残ることにしたらしく、そのまま氷帝の高等部に進学をしていた。
跡部さんが中等部を卒業した後は、テニス部のギャラリーが随分と減り、少し離れた高等部にまで追っかけが移動した。
あれだけの人数が跡部さん目当てだったのかと思うと感心するし、それだけの人間を魅了する跡部さんという人物の凄さを改めて思い知った。

若君も口には出さないが、跡部さんたちがいなくなって、どことなく寂しそうだった。
ただそれもしばらくすると、高等部に上がって今度こそ跡部さんを倒すと野望を燃やしてはいたが。

そして今、何故跡部さんのことを思い出しているのかというと、高等部にあの跡部さんがいるのだ。
そしてこの部活動紹介、高等部でも部長になった跡部さん率いる男子テニス部の紹介が、普通で終わるはずがない。

きっと発表は最後なんだろうな、と事前に配られたプリントを確認すると、予想通りテニス部の紹介はトリであった。
妙な期待を抱きつつ、全てを通して長い部活動紹介を聞いていると、だんだんと眠くなってきた。
講堂のこの快適な席が余計に眠気を誘い、こくりこくりとしながらもステージをぼんやりと眺める。
視界の端で俯いている生徒は恐らく寝てしまっているのだろう。
確かに、部活動は多いし喋る内容も似たり寄ったりなのでつまらないと言えばつまらないのだが。
私が唯一興味のある女子テニス部の紹介は男子テニス部と合同で行うようだし、早く終わらないだろうかと時計を睨むが進むわけもない。
少し寝ようかな、と目を閉じる。耳には生徒会のアナウンスが響くが、だんだんとそれも遠ざかる。




次に目覚めた時には、何故か膝の上に薔薇が乗っていた。
キャー!という黄色い悲鳴にうもれながらも、寝起きでぼんやりとした思考を覚醒させようと目をパチパチと瞬きさせる。
何事だと周りを見渡すと、ステージの上に立つ跡部さんが右手を上げ、フフンと笑っていた。
どうやら、跡部さんが何かしらのパフォーマンスを行ったようだ。
一本一本後丁寧にリボンの巻かれている薔薇を手に取ってまじまじとそれを見つめる。
こんなものばらまくのは跡部さん以外に考えられないし、今私の周りに座っている女子が何人か立ち上がってキャーキャー騒いでいるので間違いないだろう。
私もなんとなく立ち上がって拍手をしていたら、不意に若君と目が合った。
若君は、盛り上がっている周りの人達をわずらわしそうにキョロキョロと見回している途中に私を見つけたらしかった。
目が合って数秒、ため息をつきたそうな表情で若君は人差し指で自分の前髪に触れた。
触れたというよりは指差したような動作に近いそれにつられて、私も自分の前髪に触れるとひらりと赤い花びらが落ちてきた。
どうやら頭にひっかかっていたらしい。
先程の若君の動作はそれを伝えるためのものだということに気付いて、口パクで若君にお礼を言う。
この距離とこの盛り上がりでは声を出しても聞こえないだろう。
すると若君は、口を二度パクパクと開いた。
あの表情、あの目、あの口の動き、恐らく口パクの発言内容は「ばか」だ。

それに続いて、若君は今度は自分の唇を人差し指でトントンと叩くように触れた。
妙に色気の含まれたそれに驚いて、唖然とその動作をした若君を見る。
若君は、私がなぜこんなに固まったように自分を見ているのかが分からないらしく、無表情に首を傾げた。
いやいや、貴方のその色っぽい動作に見とれていたんです、と言いたいところだ。
そしてその動作にはどんな意味があるのか聞きたい。
投げキッスなわけもないし…と考えながら唇に触れるとぬるりとした感触がした。


それが何か察した瞬間、若君は眉間にシワを寄せて口を3回開いた。


『よ・だ・れ』


口元を咄嗟に拭うと、若君は鼻で笑って前を向いた。



20120507