宣告ブラックアウト

昨日の席替えの結果、私のポジションは窓側の一番後ろというクラスのみんなが羨む場所に決定した。
喜びにガッツポーズを決めたいところだがそうもいかない。
私の席の隣の列、一番前に日吉君が、そしてその日吉君の隣が二宮さんなのだ。
この場所からだと二人の様子がよく伺える。
二宮さんは照れ臭そうに日吉君に声をかけていた。
それに対して日吉君も何か返事をしたようだが、そのあとはそっけなく前を向いている。
それでも負けじと日吉君に声をかけている二宮さんが羨ましい。

私の前の席には何の偶然か、前回隣の席だった青葉が座っており、またよろしく!と声をかけてくれたのだが気持ちは晴れない。
これからこの席で日吉君と二宮さんを眺めるのかと思うと辛いものがある。
この時点で黒いモヤモヤとした感情が沸き上がっているのだから、これからの学校生活が既に不安だ。


そして1日経った今日、一番後の自分の席に着席すると、すでに日吉君も二宮さんも席についていた。
二宮さんは意外にも、朝は授業の始まるギリギリの時間くらいにやって来るのだが、隣の席が日吉君になったからか今日は少し早い。
昨日と同じように、何かを日吉君に話しかけているようだが、話しかけられている方の態度は相変わらずだ。
私だって日吉君とはじめて話した時から暫くは、そっけない態度をとられていたので当然だ。というか、そうであってほしい。
あれ、でも私の場合はそっけないというか嫌悪されていたような気もしなくはない…?


「苗字さん、おはよう。顔色悪いけど大丈夫?」

「…だ、大丈夫」

いや、そんなことは無かったはずと不安要素を振り切り、机の上に今日一時間目の授業の教材を取り出した。






午前の授業が終わり、昼休み。
購買にパンを買いに行った帰りに、ふと見覚えのある集団に出会した。
一昨日、私に日吉君宛のラブレターを渡して欲しい、と言ってきた女子生徒だ。
両隣には相変わらず気の強そうな友達が立っており、私と目が合うや否や目を見開いた。
これは、ちゃんと日吉君にラブレターを渡しておいた、と報告をするべきなのか。
私が口を開きかけるより先に、声を発したのはラブレターの差出人の女子生徒だった。


「この前は、手紙を渡してくださってありがとうございました」



ペコリと頭を下げられたので、私もつられて頭を下げる。
いえいえ、と言葉を返すとその女子生徒が泣きそうになりながら「失礼します」と颯爽と私の横を通りすぎて行った。
それに驚いて振り向くが、なんと声をかければいいのか、それを考えつく前にその女子生徒は走り去って行ってしまった。
遅れて他の二人も私の横を通りすぎる。その二人も私にペコリと頭を下げて、先に走って行った女子生徒を追いかけて行った。

私は暫くその場に立ち尽くした後、彼女が日吉君に振られたということに気がついた。

私に、ラブレターを渡してくれてありがとう、と言うということは日吉君にあの手紙が渡ったことを知っていたからだ。そしてそれを知る手段は、私か日吉君に聞くしかない。
そして結果は、あの様子を見ただけで簡単に予想がつく。

あの表情は、嬉し泣きとかそういう類いのものでは無い。




瞬間、彼女の立ち位置と自分の立ち位置が脳裏を過った。
そして、行動に移したか移していないかの差しかなかったことに愕然とした。
私がもし、あの時一緒に渡したラブレターに名前を書いていたら、彼女と同じ状況になっていたのかもしれないのだ。

とても他人事とは言っていられない、と半ばぼんやりと考えながら教室へ戻る。


「苗字」


教室へ足を踏み入れた瞬間、聞き覚えのある声に呼び止められてドキリとした。
タイミングがいいのか悪いのか、とりあえず呼び止められたのだから反応するしかないと振り返る。



「何?」

「……少しいいか」


日吉君はいつも通りの調子でそう言った。
この場所では言い難いことらしく、廊下に軽く手招きをされたのでいろんな意味で焦った。
もしかして、あの差出人の名前の無いラブレターが私が書いたものだと気付いたのだろうか。
そんな馬鹿な、有り得ない、と頭の中で言葉を並べてみても、今目の前で私を呼んだ日吉君の要件がそれしか思い当たらない。

心臓の音がだんだんと大きくなり、鼓動が激しくなって息がし辛い。心臓をこのまま吐き出してしまいそうだ。



ゆっくりと教室から出て、先程購買で買ってきたパンを握る。
冷や汗が背中を伝ったような気がした。



日吉君は少し視線を落としてから、おもむろにポケットから赤い封筒を取り出し、それを私の前に差し出した。
その赤い封筒は、紛れもなく私が書いた手紙の入っているものだった。
日吉君が、ゆっくりと口を開く。



ああ、終わった。



20120621 執筆