隠蔽ラブレター

「日吉君」


私の机に間違って入れられたラブレターと昨日の放課後渡してくれと頼まれたラブレター、そして私の赤い封筒の3通を差し出すと、朝練が終わり教室に入ってきたばかりの日吉君は、一瞬眉間に皺を寄せて動きを止めた。

悟られないように平静な振りをしつつ、3通を手渡す。
はじめて私と日吉君が話した時と同じような、面倒くさそうで嫌そうな表情でそれを手に取り、日吉君は私に視線を向けた。


「何だこれは」

「見ての通り、日吉君宛の手紙だよ。ひとつは私の机に間違えて入れられてたんだけど、他のは預かったの」

「…預かった?」

「あー…、うん。昨日渡して貰えないかって頼まれて断りきれなくて、」


そこまで言ってふと口を閉じた。
どうしよう今断りきれないって言っちゃったんだけど。本当は預りたくなかった事が日吉君に伝わってしまったかもしれない。
しかし日吉君は特に追求せず、3通の手紙に視線を移し、それを無言でカバンから取り出したファイルにしまった。
それに少し驚いてしまったのは、以前ラブレターを受けとった時と態度が異なっているからだ。

またゴミ箱に捨てるのかもしれない、という予測はあった。
しかし、まさかこんなにあっさり受け入れられるとも思わなかった。



「…何だよ」


ポカンとしたまま日吉君をじっと見ていたからか、日吉君は居心地が悪そうに席に座りながらそう言った。
慌てて首をふり、「なんでもない!」と言ってから日吉君に背を向けて私も席に座る。
……どうしよう、と予想外の出来事に昨日の自分の行動を今更後悔した。



日吉君にラブレターを書いてしまおうか、という私にとってとんでも案が浮かび、まあ本当に渡すわけでは無いし、と実際に文章に書き起こしてみたのだ。
いざシャーペンを握り、一言書いてみただけで既に撃沈したのだけれど。
気持ちを文章で伝えるのは、思いの外恥ずかしい。
それを抑えつつ、つらつらと描き連ねた文章を眺めて、内容を読み返してから、こんなにも相手に思いを寄せていたのかと改めて実感した。
これを日吉君に渡したら、一体どんな反応をするのだろうか。
冗談だろ、と流されるかもしれないし、冷たい視線を向けられて避けられるようになるかもしれないし、気をつかわせてしまうかもしれない。
かもしれない、の種類はさまざまにあるが、少なくとも今まで通りにはいかなくなるだろう。
上手くいけばきっと幸せだろうな、と少し想像した。
きっと日吉君と付き合うことになっても、態度とかは今まで通りなんだろうな。
それでも、なんだかんだで優しくしてくれたりして、もしかしたら甘やかしてくれるかもしれない、頭を撫でてくれるかもしれない、手を繋ぐかもしれない、キスをするかもしれない。

そこまで考えてハッと我に返った。これでは想像というより妄想だ。
雑念を払うように頭を振ってから、書き綴ったラブレターを眺める。
私には、これを日吉君に渡す自信はない。
しかし、預かった2通のラブレターを見ると、一種の焦りと一種の期待で私も気持ちを伝えたくなる。
差出人が私だとバレなければいいのに、と考えて馬鹿みたいな案が頭に浮かんだ。

差出人の名前を書かなければいいんだ。


昨日の時点で、なんという妙案だ!と自分を誉めてやりたいような気持ちになって、勢いで今日決行したのはいいものの、今更になってただの頭足らずでしかないことに気付いた。

昨日書いた手紙の内容はあまりにも恥ずかしかったから、もう一度書き直して、たった一言で気持ちをまとめた。
勿論差出人の名前は無い。
一言だけ書いてある便箋を赤い封筒に入れただけだ。

あれを見て日吉君はどう思うだろう。
たった一言、好きです、と書かれただけの手紙に対して、不快感を示さないだろうか。
なんとなく「あっそ」と片付けられるような気はするが、確実に日吉君にとっては迷惑なものでしかない。

そうでなくても日吉君は、ラブレターに対して良いイメージを持っていない。
実際、先ほど3通の手紙を渡した時の表情からそれは簡単に読み取れる。
日吉君には、悪いことをしてしまったかもしれない。

…まぁ、差出人の名前は書いていないし、いいか。


日吉君に嫌われることは無いだろう、とぼんやりと考えながら教室に入ってきた担任の姿を視界に納める。

今日の朝一時間目はHRで、担任から今日は何をするのか特に聞いてはいない。
教卓の前まで来ると、担任は持ってきた名簿のようなものを机に置き、折り畳まれた少し大きめな紙を広げて全員に見せた。
いくつもの四角い枠の書いてあるそれを見ただけで、すぐに直感した。


「今日はいろいろとやることがあるが、その前に。久しぶりに席替えをしようと思う」


おおー!とクラス中が盛り上がる中、呆気にとられて歓喜の声に埋もれた。
確かに前までは席替えとなるとどんな場所になるだろうだとか誰の席が近いだとか、いつも楽しみにしていた。
しかし、恐らく日吉君と席が離れてしまうだろうと考えると気が乗らない。

折角よく話すようになったのに、とがっかりしつつ、くじを引きに来るよう言う担任のところへ、渋々くじを引きに行った。

出来ればまた、日吉君の近くになれればいいのに。


20120618