内情シェルター

日曜日の日吉君によるテニス講座にそれはそれは浮かれていたが、それも最初だけで途中からお前は鬼畜かと言いたいくらいのスパルタぶりに泣きそうになった。
初心者相手にきつくない?と講義したら甘いこと言ってんじゃねぇよ、と切り返された。

普段そんなに運動をしないから筋肉痛になってしまい、昨日までは痛くて布団から起き上がるのも苦痛だった。
そして待ちに待った体育の時間がやって来たのだが、授業内容は基礎練習がほとんどで試合をすること無く終わってしまった。


「日曜日の私の努力は一体…」

「良かったな、また練習出来るぞ」

「くっ…」


フン、と鼻で笑う日吉君を睨み付けながら、今日の体育の授業を思い出す。
比較的機嫌のよかった二宮さんは、先週とは反対にやけに優しく教えてくれた。
いや、いつも優しかったのだが時々思い出したかのように睨み付けてくることがあったのだが、今日はそれがなかった。
もう私は眼中に無いとかそういうことなのだろうか。
勝手にそう解釈して二宮さんの席の方を見ると、男子生徒と楽しげに話していた。
二宮さんは愛嬌がいいし美人だし、男女問わず人気のある人だ。
……なんだか既にこの時点で負けている気がする。


内心ずーんと沈んでいると、そんなこと知ったことかと日吉君は荷物をまとめ、さっさと部活へ行ってしまった。
最近、部活へ行く前に「じゃあな」と挨拶してもらえるようになったことが最近あった嬉しいことの一つだ。
初めて話した時より随分仲良くなったものだと、しみじみと思い出す。



はじめは確か、私の机の中に間違って日吉君宛のラブレターが入っていたことだったっけ。
あの時は日吉君にあまり良いイメージを持ってなかったなぁ、と机の中に手を突っ込んだ。

学園祭の前まで日課になっていたラブレターチェックも、日吉君がしつこいと言うので途中でやめてしまったから、こういう風に教科書以外の存在を探す行為は懐かしい。
自然に緩まる口元を空いている片方の手で覆い隠した時、コツリと何かが指先に触れた。


何だろう、と無意識の内にそれを机の中から取り出すと、ピンクの花柄模様のついた封筒が出てきた。
一瞬、体が固まった。


周りの雑音が遠のき、何故かドクリと音をたてた心臓が響く。
ゆっくりと封筒をひっくり返すと、差出人の名前と宛先の名前が細くしなやかな線で書いてあった。
宛先は、日吉君。


丁度つい先程思い返していたことと全く同じ現象が、今再び起こっている。
何このデジャブ、と笑い飛ばせればいいのだが、残念ながらあの時と今とは状況が違う。



「苗字」


いきなり背後から聞こえた声に、思わず封筒を机に突っ込み、その衝撃で大きい音をたててしまった。
何事も無かったかのように振り向いたが、私の名前を呼んだ日吉君は怪訝な表情をしていた。


「…何だよ、今の」

「い、いや…ちょっとびっくりしただけ」

「…へぇ」



日吉君はゴソゴソと自分の机の中から一冊のノートを取りだし、それを自分のカバンにしまった。
どうやらそのノートを忘れたらしく取りに引き返してきたようだ。

その動作をじっと見ながらも、心臓はドクドクと激しく音を立てている。
ドキドキとしたきらめいた緊張ではない。
罪悪感と焦燥感のせいでおきる緊張に冷や汗が流れた。



「お前、まだ帰らないのか?」

「…まぁ」

「そうか」



ノートをしまい終わると、何事もなかったかのように日吉君は再び教室を出て行った。
それを確認した瞬間、一気に肩の力が抜け、ホッと安心した。


「……あーあ」



再び封筒を取りだし、宛先をなぞる。
なんであの時は、間違って机に入れられたラブレターを日吉君に渡すことができたのだろう。

このラブレターを捨ててしまって、気付かなかったふりをすれば渡さなくても済むだろうか。


「…あの、苗字さん」


またデジャブだ。
再び名前を呼ばれ顔を上げると、知らない女子生徒が3人立っていた。
清純そうな女の子を真ん中に、気の強そうな二人が付き添うように立っている。
一瞬、二宮さんの友達グループと重なったが、それも仕方がないように思う。
この3人は二宮さんのグループと同じ目的を持っているようだ。
現に、真ん中に立つ清純派の生徒の頬がほんのり染まっている。そして彼女が手に持っている水色の封筒に嫌な予感しかしない。



「あの、少し聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「……どうぞ」

「苗字さんは…日吉君と付き合ってるんですか?」


やっぱりな、と思いつつ首をふった。

「付き合ってないよ」

「ほっ本当ですか?」

「本当本当」


よかった、とあからさまに喜ばれてしまうの地味に傷つく。
なんとなくこの先の展開の予想がついているので、彼女が手に持つ水色の封筒を私に差し出すのを待つ。



「あの、これ…日吉君に渡してもらえませんか?」



20120609 執筆