休日シークレット

「いらっしゃいませ〜」


店内に入った瞬間、生暖かい空気が体を包み、外の寒い空気から解放されて一息ついた。
もうすぐ冬が近いからか、気温が下がりつつあることに関係してどのお店に行っても暖房が運転しはじめている。
現在の服装は、ジーパンにTシャツ一枚、その上に軽くカーディガンを羽織っているだけだから、外に出た時に予想以上に寒くて身震いした。
しかし、この近所の本屋に来たというのも今月発売の漫画を買いに来ただけだったし、寒さくらい我慢すればいいかとそのままここにやって来た。
目的の漫画を1冊手に取り、レジに持って行こうと足を踏み出した時にふと、雑誌コーナーに目が止まった。
そういえば最近あまり雑誌を買っていないな、と物色を始めてすぐに月刊プロテニス、という雑誌に目が止まった。
テニス、という文字から日吉君のことを思いだし、その後に二宮さんのことが頭に浮かんだ。
この前の体育でのこともあったし、どうにかして二宮さんに一泡吹かせたいと思っていたのでその雑誌を手に取る。
何かテニスでのテクニックやコツのようなものは載っていないか、と特集を組まれている選手のページをペラペラと捲る。

暫く雑誌に目を通していると、コツリと後ろに人の気配を感じた。
丁度通路になるところに立っていたので、道を開けるように場所を移動したのに、背後にいる人間の気配は消えない。
それどころか、かなり距離的にも近い気がするのだ。

何だ、何故私の背後から動かない。もしかして、月刊プロテニスでも見たいのだろうか。

思い切って振り向こうかと思案していると、あろうことか後ろに立っている人物が私の肩越しに身を乗り出してきた。


「おい」

「うっおおぉ!?」

聞き覚えのある声に振り向けば、思いの外顔が近くにあったことに驚いて慌てて距離を取ってしまった。


「驚きすぎだろ」

「いや、驚くって。もうちょっと普通に話しかけてよ」

「お前何か読んでるみたいだったしな。で、テニス部でもない苗字がそれを読んでる理由は?」

ニヤリ、と笑う日吉君は、何故私がこの雑誌を手にとっているのか分かっているようだ。
この笑みを見れば分かる、悪戯がしたくてたまらないと言いたげな表情をしている。

そんな日吉君は日曜日なのにラケットバックを肩にかけ、制服を着ているところを見ると、どうやら部活帰りのようだ。


「…日吉君、絶対分かってるでしょ」

「ああ…見当はつくな」


クツクツと笑いながら、日吉君は陳列している月刊プロテニスを手に取り、中をパラパラとめくった。


「どうせ、この前二宮に負けたのが悔しいからテニスの参考にでもしようとしてたんだろ」

「……仰る通りで」


日吉君は暫くパラパラと雑誌を流し読みし、パタンと雑誌を閉じ再び陳列してあったところに戻した。
そこでふと、日吉君が何故ここにいるのか気になった。


「日吉君って、この辺りに住んでるの?」

「いや、家はもっと南の方だ」

「じゃあ、わざわざ何でここに?」


すると日吉君は何故か黙ってしまった。
何かまずいことを聞いてしまっただろうかと不安になったが、この辺りには何店舗か本屋さんがあるので、わざわざここに来ている理由が気になるのは事実だ。


「……この辺りにテニスコートのある施設があるだろ、そこで練習するためにこの辺りを歩いてたんだよ。ちなみに本屋はお前が居るのが目に入ったから寄っただけだ」

「あ、そうですか…」


朝部活でテニスをして昼もまたテニスの練習なんて良く体力あるなと感心しつつ、何故先程日吉君が黙ったのか分からない。
別に言い辛いような要素は見受けられなかったと思うんだけど。
首を傾げると、日吉君はスタスタと書籍コーナーへ歩いていった。
なんとなく付いていくと、最近出たであろうミステリーホラー小説を手にとっている。

そういえば、日吉君はホラー系のものが好きなんだっけか。

私もつられて黒い表紙の文庫本を手に取るが、帯に書いてあるあらすじを読んでからそっと陳列棚に戻した。うん、やっぱり苦手だ。


「お前、このあと暇か?」

「えっ?」


まさかホラー小説片手にそんなことを言われるとは思っていなかったので、思わず手にとっていた恋愛小説を閉じてしまった。
それは、このあと暇があったらどうなるんですか!と内心浮かれはじめた自分を押さえつけて、至極冷静なふりをして答える。



「ひ…暇だが?」

「どもってるくせに格好つけるなよ」


呆れたようにため息をついたのに、微かに笑っているのが嬉しい。
とりあえず、このあと私が暇だったらどうなるのか、それだけが気になる。


「暇なら、テニスを少しだけ教えてやっても構わないが?」

「えっ、本当!」

「ああ、その変わりスパルタだけどな」

「う……」

「なんだよ、二宮に勝ちたいんじゃないのか?」

「…頑張る」


苦い顔で頷くと、日吉君は満足そうに本屋から出て行った。
私も慌てて漫画の会計を済ませ、日吉君の後を追う。
当然ながら、本屋の外で日吉君は私を待っていてくれたのだが、それだけでも口元が緩んでしまいそうだ。



20120607 執筆