宿敵スーピリアー

なんだか最近、二宮さんからの風当たりが強い、ような気がする。


「苗字さんボールまだ?」

「ご、ごめん」

体育の選択授業初日では比較的親切だったのに、あの次の日あたりから睨まれている。
何故だ、私何か二宮さんに悪い事をしただろうか。
しかし、いろいろな面から考えてみても、これといって決定的なものは思いつかない…と思ったが、直感的になんとなくこれではないだろうか、と思うものはある。

絶賛玉拾い中の最中にため息をつきながら、転がっているボールを拾いカゴにを入れる。
そして練習の球出しをしている二宮さんのところへ持って行き、また球拾いに戻る。
あともう少しで球拾いは別の人と交代なので、早く分担を代わって欲しいものだと考えながら黙々とボールを拾っていたら、ボールを集めていたカゴにもの凄い勢いでボールが飛んできてぶつかった。
パァン!という軽快な音と共に集めたボールが散らばってゆく。


ボールが飛んできた方向に恨めしく顔を上げると、申し訳なさそうに慌てている青葉の姿があった。
あいつも体育の選択テニスだったのかと初認識したのと同時に、教室に戻ったら一発蹴りをかましてやろうと心の中で誓った。
アイツ後で覚えてろよ、と内心舌打ちをして黙々とボールを再びカゴに集める。

すると不意に、ボールが3つ程同時に投げ入れられた。
何だと顔を再び上げると、ラケットで器用にボールを拾い上げ、そしてまたカゴに投げ入れられる。
ほぼ全員が学校指定の体操服の中、テニス部員であるためユニフォームで授業に参加している日吉君だ。
ほけー、と日吉君を見上げていると、また追加でカゴにボールを投げ入れた。
どうやら先程ぶちまけたボールをいくらか拾ってくれたようで、慌ててお礼を言う。


「あ、ありがとう」

「別に。俺の班の奴がやらかしたことだからな」


日吉君が遠目で青葉を見ると、青葉は慌ててこちらに走ってきた。
別にこっちに来なくてもいいのに、と口に出したら日吉君の発言とタイミングも内容も被った。
どうも同じことを考えていたらしい。



「…おい、二宮がこっち見てるぞ。ボール持って行かなくていいのか」

「げ」


二宮さんの名前を聞いて、そちらに目をやると、それはもうムッスーとした表情で私を見ていた。


しまった、やらかしてしまった。
しかもよりによって、日吉君と会話をしているところを見られてしまった。
慌ててカゴを持って二宮さんのところへ走ると、無言でボールを手にとった。
怖っ!、と怯えながら球拾いを別の人と交代する。

これで一先ず安心だ、と気を抜いたがしかし、なんと苗字さんが「次は軽く試合をやってみよう」なんて言い出すものだから嫌な予感しかしない。
組み合わせはあみだくじで決めたのだが、今日の私の運勢は最悪らしい、早速二宮さんと試合をすることになった。
二宮さんが超絶笑顔で怖いんですけど。


怯えながらコートに入り、二宮さんからのサーブに構える。
剛速球が飛んでくるかもしれない、と身構えていたら意外にも緩い球が飛んできた。
それには少し驚いたが、なんとかそのサーブを二宮さんのコートへ返す。
そして二宮さんにそれを余裕で返されるが、その球さえ緩く私の打ちやすいところに打ち返してくる。
先程まで睨まれていたから、どれだけボロボロにされるかと構えていたが、流石に初心者にそんな大人げないことはしないらしい。

よかった〜、と安心したのもつかの間、顔の横をものすごい強打が抜けていった。
予想外のことに思わず声を出してしまったのが恥ずかしい。

周りのギャラリーからは「おぉ」と感嘆の声が漏れる。
二宮さんは満足気に微笑んで、「大丈夫?」と私を心配するような言葉をかけてくれたが、表情とセリフが合っていない。


「大丈夫です…」

「そう、良かった」


安心するようにわざとらしくホッと息をついた二宮さんに、表情がひきつりそうになる。

内心では、わざとだろお前!とドンドン壁を殴っている最中だが、周りが「二宮さんってテニスも上手いし、気も配れるんだ〜」という雰囲気を纏っていて、とてもじゃないが何も言えない。
私の被害妄想かもしれないが、だってほら、二宮さん微妙に笑ってるし、笑みが隠しきれてないし。
それにギャラリーの中に日吉君もいるから余計にそこに行きついてしまう。


なんだか、このままではしてやられた気がして悔しい。
改めてラケットを握り直し、二宮さんからのサーブに構える。
絶対に、二宮さんを見返してやる、とゲームに集中した。







「何ムキになってんだよ」

「…別にー」


結局、初心者が足掻いたところで女子テニス部の部長候補に勝てるはずもなく、あの試合は二宮さんに軽く遊ばれるように負けてしまった。

それが悔しくて仕方なくて、教室に戻って次の授業が始まってもムスッとしていたら、ついに日吉君に指摘されてしまった。



「授業で少しだけラケットに触っただけの初心者のお前が、テニス歴2年以上の経験者に勝てるわけないだろ」

「…分かってるよ、そんなこと」

「フン、その割には悔しそうだな」

「だってさ〜…」



負けて悔しがるのはおかしい、ということは分かっている。
これだけ最初から差があるのだから、悔しがることすらおこがましい。
しかし、負けたのが二宮さんだったから、こうもモヤモヤしてしまう。
試合が終わった後、なぜか他チームの日吉君にアドバイスを貰いに行くし、私に優しくラケットの握り方を教えてくれるし、ボール拾いはキツいし……と、話がそれた。
要するに、私に対する当て付けと、それを覆い隠してしまう優しさのコンボで私を攻めてくるのだ。
私が二宮さんに嫌悪感を抱いた後で親切に接することで、私に悪いイメージを与えないように中和をしている。
確かに、基本的動作やアドバイスなどを教えてくれるのはとてもありがたいのだが、隙間隙間に嫌味を混ぜてくるからひっかかる。

敵視されている、というのが分かるから張り合いたくなる。
しかも、お互いにとある感情のベクトルが同じものに向いているから、尚更負けたくないと思う。



「ぜっったい勝……1ポイント取ってやる」

「低いハードルだな」



20120601 執筆