旋回マイハート

着ぐるみの中は予想以上に暑く、休憩の時に脱いだ瞬間の解放感と爽快感に息をついた。
半袖のTシャツと学校指定のジャージのハーフパンツが汗でびしょびしょである。
更衣室にあるシャワーでも浴びて来ようかと思ったが、人が多そうなので止めた。
適当にタオルを濡らして体を拭くが、やはりベトベトした感じからは解放されない。

一旦制服に着替え教室に戻ると、昼時だからかお客さんがたくさんいた。
キョロとウェイター達に視線をやるが、あの着物姿の日吉君は見当たらない。



「………………」


ここで、ふと思った。
最近私は日吉君のこと考え過ぎじゃないか?

何かあれば日吉君は、日吉君が、日吉君も……なんて。
まるでテニス部のファンみたいではないか。
以前は、あんなミーハー集団なんて、という感じに見下ろしていたふしもあったのに、今の自分はどうだろう。とても人のことは言えないし、馬鹿にするなんてもっての他だ。



「邪魔」

「あっ、すみません」


ドアに突っ立ったまま止まっていたので、急にかけられた声に慌てて体ごと避ける。
お客さんだと思い、思わず「いらっしゃいませ」と言ってしまったが、相手は変な顔をした。
それも当然、私に声をかけたのはお客さんではなく、日吉君だった。


「なんだ日吉君か」

「…声で気付けよ」


呆れたようにそう言う日吉君は、朝着ていた紺色の着物をもう着ていなかった。


「日吉君も休憩?」

「いや、これから準備」

「準備…?」


何の準備だ、と言いかけて察した。
日吉君の表情が面倒くさそうで今にもため息をつきそうだったからだ。


「例のテニス部のコンサートの準備?」

「ああ」

「やっぱり」

「………おい、何笑ってる」


日吉君がぶっすー、とする程のことだ。
跡部さんが仕切りなのもあるし、そうとう派手なものをするのでは無かろうか。
まず日吉君が歌う、と聞いただけでも意外で想像がつかないのに、この表情を見る限りでは歌うだけというわけではないように見える。
こう言ってはアレだが、日吉君が嫌そうな表情をすればする程、どんなことをするのかと、コンサートへの期待が膨らむ。


「いやぁ…楽しみだなーと。確か4時からだよね?」

「……見に来るつもりか」

「当然」


チッ、と舌打ちが聞こえたが、そんなことはスルーしてニヤニヤと日吉君を眺める。
私の視線に恥ずかしくなったのか、視線を斜め下に反らす辺りがなんだか可愛い。


「でも、お客さん多いだろうから、確実に見に行けるかは微妙だけどね」

「だろうな」


日吉君がため息をついたと同時に、廊下の少し離れたところから日吉君を呼ぶ声が聞こえた。
あの長身は鳳君だろう、軽く手をふりながら足早にこちらに近づいてくる。
それに気付いて、日吉君は「じゃあな」と言って鳳君と講堂の方へ向かって行ってしまった。
二人を見送った後に、頑張ってね!と可愛いらしく言えばよかったと後悔したが、そもそも可愛いらしいって何だろう、という疑問にぶち当たった。
というか、私がぶりっこをしたところで日吉君がキュンとするわけがない。
むしろ眉間にしわを寄せて「キモい」とか言いそうだ、簡単に想像がつく。

自分のステータスの残念加減を痛感しつつ改めて教室に入ったら、友達に「追加で宣伝行ってきてよ!」と追加のチラシを渡された。
私まだ休憩してないんだけど!と反論したら、休憩時間中日吉君と話していたじゃないかと指摘された。
確かに話してはいたけど、まだ一息ついていない、と言えば休憩時間を5分追加してもらえた。
それでも5分しかないのか、と思いつつ、水分補給のため持参したお茶を飲み干した。







午後の部では、午前ほどお客さんの来場は少なく、チラシを配るのも少しだけ楽だった。
宣伝係の仕事時間は3時までなので、さっさと時間通りに切り上げ、今度こそはとシャワーを浴びる。
髪を最後まで乾かすのが少し面倒で、微妙に湿り気が残ってはいるものの、そのうち乾くだろうと更衣室を出る。
昼休みぶりに帰ってきた教室には、流石に昼ほどお客さんはいなかった。



「あ、苗字さん」

教室に入った私に気付いてからか、クラスメイトの男子が話しかけてきた。
そんなに話したことはないので少し緊張したが、それより何の用なのかが気になる。

「これ、日吉から預かってきたんだけど」

「え?」


渡された茶封筒の表と裏を確認し、再びこれを持ってきてくれたクラスメイトを見る。
その男子生徒曰く、私に渡しておいてくれ、と頼まれたらしい。

なんだろう、と口元すら止められていない封筒から一枚の紙切れを取り出した。
紙切れと言っても、細長い長方形で、少し上質そうな紙には『氷帝テニス部プレゼンツ 薔薇の王国ライブ』と金色の文字で書いてある。
その文字の下には『特別席招待券』と細かい席番号が書いてあった。


「…え?」


一瞬、思考が止まった。
しかし、すぐに頭を起動させてこのチケットを眺める。
もしかしてこれは、まさか、日吉君からの、



20120520 執筆