想像プレジャー

黒板に書かれた学園祭の出し物の案のうち、多数決により我がクラスの出し物はコスプレ喫茶に決まった。
コスプレ喫茶とは、コスプレした生徒が接客する喫茶店、と名前そのままの意味である。
黒板には、人数分のコスプレ案が書き出されている。
メイドや執事という定番なものもあれば、王子様やお姫様のような物語の登場人物のような役もある。
私が担当するのは、文化祭当日にウサギのきぐるみを着てクラスの宣伝して回る係だ。
あれはきぐるみを着るだけでいいし、特に何も準備をしなくていいので楽そうだ。
当日は、暑さでかなり地獄だろうけど。
メイドやお姫様のような格好をするくらいなら、これくらいが私には丁度いいと思う。



「なぁ苗字、今度俺の家に着ぐるみ取りに来いよ。一人じゃ流石に持って行けないし」

「そうだね」


もう一人の宣伝係の青葉は、何故かくまとウサギの着ぐるみを所持しているらしい。
なんでも知り合いに貰ったらしいが、まさかこんな時に役に立つとは思わなかったと、本人は嬉しそうにしている。

それとは対照的に、出し物がコスプレ喫茶に決まり、つまらなさそうにしている日吉君の表情が視界に入った。
基本的に表情が動かずムスッとしていることが多い日吉君の、その表情がちょっとだけ変わる姿を見ると少し嬉しくなる。
もっといろんな表情の日吉君を見たいなぁ、なんて思いつつ体ごと後ろへ振り返る。


「日吉君は何がやりたかったの?」

「お化け屋敷」

「日吉、本当そういうの好きだな」


呆れたように青葉がそう言うから、どうやら日吉君はお化け屋敷…というかホラーが好きなのだろうか?
そういえば、前に一度机の上に学校の七不思議とかいう本が置いてあったのを見たことがある。
児童向けとかそういうものではなく、年季の入った真っ黒のハードカバーにシンプルにタイトルが書いてあるだけの本で、下手なホラー小説の表紙より逆に雰囲気があって怖そうだったのを覚えている。


「日吉君ってホラーとか好きなの?」

「まぁな」


へぇ〜と相槌をうつと、日吉君が何かを思いついたように私を見た。
その雰囲気はなんだか楽しそうな気がしたが、同時に私には嫌な予感が過る。


「お前、ホラー苦手そうだよな」

「…そりゃあ。普通怖くない?」

「俺もあんまり好きではないな」

青葉も苦手らしく、軽く首を振った。
それを見て何故かいつもより嬉しそうに緩く笑う日吉君は、きっとろくでもないことを考えているのだろう。
これは近いうちに怖い話とかしてるんじゃないか、と考えていたら「そういえばこの学園の七不思議知ってるか?」といきなり話し始めるものだから驚いた。
近いうちに、とかいうレベルではなかった。


「やめて日吉君、今夜眠れなくなる」

「音楽室での出来事なんだが、」

「人の話を聞け」


チッ、と舌打ちをうって、日吉君はつまらなそうに頬杖をついた。
その時丁度、学園祭の運営委員が学園祭のお知らせと連絡事項を話し始めたので、それに耳を傾ける。
学園祭の最後に花火が上がるとかなんとかが聞こえたが、普通はこういうのってありえないんだろうなぁ、なんて他人事のように思った。

一通り説明が終わった後、再びクラスの出し物の話に戻った。
今度は、ウェイターの係の人間が何のコスプレをするのか決めるらしい。
と言っても、宣伝係とキッチン係以外は、みんなウェイター係になる。
空いている人が注文を聞いたり、飲み物を運んだり、レジをしたりと、全員でローテーションで回していく。
要するに、クラスの大半はウェイターということだ。

ざわざわと教室がざわつき、自分は何をするか友達と相談を始めた。
まあ、私と青葉には関係のない話なんだけど。


「日吉君は何するの?」

「…コスプレって、要するに普段俺達が着ない格好をすればいいってことだよな?」

「まあ……そうとも言えるけど」

「なら、適当に着物でも着とくかな」

「着物…。日吉君、似合いそうだね」


なんとなく脳内で着物姿の日吉君を想像してみる。
サラリと着物を着こなし、涼しげで、番傘なんて持ったら本当にかっこいいだろうな。
秋という季節にぴったりで、これで紅葉なんかがあれば完璧だ。跡部さんに頼んだりしたら実現できそうだけど。


「グッジョブ着物」

「は?」

「いや何でもない。こっちの話」


テニス部でのコンサート然り、コスプレ喫茶の着物姿然り、これはカメラを絶対に忘れられないな、と心の中で強く意気込んだ。



20120508