快晴ステップアップ

早いもので、特に何もしないまま夏休みが終わってしまった。

久しぶりに学校に登校すると、クラスメイトの一部が見慣れない姿になっていて一瞬誰なのかわからなくなってしまうくらいだ。
隣の席の青葉は、夏休み中にハワイに行っていたらしく肌の色がこんがりと焼けていた。
自慢気にハワイの写真を見せてくるあたりがムカついたので、スルーを決めこみカバンからファイルを取り出す。

夏休みが明けたばかりだが、すぐに秋の学園祭というイベントが差し迫っていた。
今日はその学園祭の話し合いがあると事前に聞いていたので、夏休み前に配られた学園祭のお知らせというプリントを取り出す。
去年体験したから十分に分かってはいるが、氷帝の学園祭はおかしい。
何がおかしいのかと聞かれると言い切れないくらいたくさんあるのだが、簡単に理由を説明するならあの跡部さんが学園祭を取り仕切っているからだ。
経済力と権力をお持ちの生徒会長様の取り仕切る学園祭は、それはそれは豪華なものだった。
豪華というか、出店がもはや一軒の店舗の状態であったり、ステージのセットがコンサート会場そのものだったり、飛行船が飛んでいたり、更に施設が整いすぎていることもプラスされ、もはや学園祭というよりはどこかの夢の国状態だった。
凄いを通り越して呆れ、呆れを通り越して感心するレベルにまで達してしまっている。
これだからお金持ちの考えることは分からない。


「…おい日吉。どうしたんだよ」



ふと、青葉が斜め後ろを向き、私の後の席に座る日吉に声をかけた。
いつの間に登校してきたのか気付かなかった。
息を整えて、ゆっくりと日吉君の方に振り返る。

日吉君と最後に話したのは、夏休みにスーパーで偶然会った時以来である。
あの時のことが妙に忘れられず、夏休みの残り期間中に度々日吉君のことを思い出していた。
夕日効果があったにせよ、あんな風に柔らかい雰囲気の日吉君を見たのは、あれが初めてだった。


久しぶりに日吉君に会うという事実に緊張しつつ顔を見れば、なんというか、夏休み明け早々死んだ顔をしていた。



「……おはよう日吉君。どうしたの」

「…………」


顔色の悪い日吉君を見るのは何度目か。
以前男子生徒に告白をされた時にも同じようにげっそりとしていた。
もしかして、また迫られたりでもしたのだろうか。


「学園祭なんて無くなればいいのに」

「なに、本当にどうしたの日吉君?」


本格的にげっそりモードに入っている日吉君が不憫だったので、撫でるつもりで頭をポンポンと軽く叩いたら隣の席の青葉が驚いたように私を見た。
そして勿論、日吉君もビックリして顔をあげた。

しまった、慣れ慣れしくし過ぎたか。


「ご、ごめん。つい…」

「………いや、」


目を見開いてこちらを見ていた日吉君は、スッと目を反らして頬杖をついた。
日吉君の視線は、机の上にある筆箱に集中している。
睨みつけているのではないか、というくらいの鋭さで筆箱を見ているものだから、日吉君を怒らせてしまったかと不安になった。


「…苗字さん」

「何?」

「俺も頭撫でて」

「は?」


私が不安になっている側で、いきなり青葉が意味不明なことを言い出すので、ついにコイツも壊れたのかと冷たい視線を送る。
青葉はお調子者キャラだからこのような発言をしても違和感はないが、それにしても甘えたキャラだったかと不思議に思う。
頭撫でられたいなんて子供か。まあ、中学生は子供なんだけど。
ご丁寧に頭を差し出してくるものだから、仕方なく右手を伸ばす。

青葉も何かあったのかと考えながら伸ばした手は、後ろから伸びてきた日吉君の手に制された。


「青葉、お前のところでプリント止まってるぞ」


それに反応して前を向いた青葉の机には、前の席の人から送られてきたプリントが置いてあった。
青葉が慌ててそれを後の席の生徒に回しているのを見てから、私も前の席の人から送られてきたプリントを受けとる。
学園祭についての会議の案内や、クラスの出し物について大まかに書いてあるプリントを確認してから、もう一枚あったプリントを日吉君に渡す。

渡すと同時に、偶然目についた項目を見て動きが止まった。
なんだろうこれ、物凄く気になるんだけど。


「……ねぇ、日吉君」

「何だよ」

「この、テニス部コンサートって何?」

「…………………………」


黙ってしまったというか、言葉を口にしたくなさそうに口をつぐんだ日吉君の様子から、朝からげっそりしていた理由がなんとなく分かった。
恐らく、このテニス部コンサートというものが深く関係しているのだろう。


「…跡部さんが言い出したんだ。今年で自分が卒業するから、最後は盛大にやりたいとかなんとか」

「へぇ、いいじゃん。盛り上がりそうだね、ファンの子が」

「良くない。それ、俺達も強制参加なんだ」

「…え?日吉君もコンサートとくいうのに出るの?」

「…ああ」


「………………ブフッ」

「お前…」


堪らず吹き出した私に対して、日吉君は眉間に皺を寄せてこちらを睨む。
コンサートとひとえに言っても、さまざまなジャンルのものがあるから固定はできないが、あの跡部さんが仕切るコンサートだなんて大体予想がつく。
私の個人的なイメージだが、格調が高く、服装などがビラビラしているイメージがある。


「日吉君も歌うの?」

「…そうなんだろうな。ユニットとか決まってたし」

「ユニット…ぶくく」

「お前一回沈めるぞ」


日吉君が歌っている姿は想像がつかないが、とりあえず学園祭では絶対に日吉君を見に行こうと思う。



20120503 執筆