夏休みになる前はそれなりに楽しみにしていたし、早く休みが来ないかとそわそわしていた。
しかし、いざ夏休みとなれば部活にも入っていない私は時間を弄ぶばかりだった。
去年は夏休み中に旅行に行ったりしてそれなりに充実はしていたが、今年はそんな予定はない。
とにかく暇なのだ。
そして暇でごろごろしていると、母親に家事を手伝え!と言われるのでしぶしぶ庭の草抜きや洗濯物などをする毎日。
ある意味充実しているが、個人的にはあまり嬉しくない。
折角夏休みなのだから、プールや海に行ったり、お祭りに行ったりしたいものだ。
ちなみにお祭りはもう終わってしまったのですでに実行はできない。
せめてプールか海に行きたいな、なんてぼんやりと考えていたら母親にお遣いを頼まれた。
もはや夏休み限定のパシリである。
めんつゆを買って来いとのことで、野菜コーナーを抜けめんつゆのあるコーナーを目指す。
ひょいと角を曲がり、醤油が視界が入ったところで、見覚えのある横顔が飛び込んできた。
驚きのあまり私の動きが止まると同時に、醤油をじっと見ていた人物が私の存在に気付いて振り返る。
そしてビクリと肩を震わせて、驚愕の表情で私を見た。
「な…んで、お前がここに」
「お遣いを頼まれて。…日吉君は?」
「…俺もだ」
なんということだ、まさかスーパーの醤油コーナーで日吉君と出会すなんて。
夏休みが始まって以来会っていなかったから、日吉君が妙に懐かしかった。
部活帰りなのか、ラケットバックを肩にかけ、首筋に少し汗が滲んでいる。
髪の毛が汗のせいで少ししっとりしていて、雰囲気が違ってみえて少し緊張した。
なんというか、改めて思うんだけど日吉君ってかっこいいんだよね。
それに比べて私は特に美人でも可愛いわけでは無いし、その見てくれのうえに今はとてもラフな格好をしている。
ああ、もうちょっと洒落た服で来ればよかったと後悔をしたが、たかがめんつゆを買いに来るだけでお洒落をしているのもなぁ。
「…丁度いいか。
なぁ、どっちがいいと思う?」
すい、と日吉君が二種類の醤油を手に取り、私にどちらがいいか訪ねてきた。
どちらがいいかと言われても、普段料理をするわけでもないからどの醤油がいいのかは分からない。
「どっちがいいかと言われても」
「直感でいい。お前ならどちらを選ぶ?」
「えー…」
日吉君の手にある醤油を見比べ、右手に握られていた醤油を選ぶ。
キャップの色が日吉君の髪の色と同じだなぁ、という理由だけで指を指したそれを見て、日吉君は左手に握っていた醤油を元の棚に戻した。
「え、そんなので決めちゃうの?」
「どっちでも良かったしな。というか、お前は何を買いに来たんだ?」
「めんつゆ」
私の場合、家で使うめんつゆのメーカーは固定されているので、迷わずにそれを手にとる。
日吉君の買い物も醤油だけだったようで、流れで一緒にレジへ向かい会計をすませる。
お互いに買い物袋に1本のめんつゆと醤油をさげ、スーパーを後にする。
「そういえば、全国大会どうだった?」
ふとそのことを思いだし、日吉君に質問する。
正確な日にちは知らないが確かもう終わってしまったはずだ。
「……ベスト8」
「おお、流石」
「…でも、満足できる結果じゃ無かった」
目を伏せ、ポツリと呟いた日吉君に少しドキリとした。
何かまずいことを言ってしまっただろうか。
しかし、全国で8本の指に入るというのは、私から見たら凄いことだと思うから、他に感想が見当たらない。
「結局、関東大会のリベンジはできなかった」
ふう、と息をついて不意に日吉君がこちらを見た。
目が合い、お互い見つめあったまま無言になる。
日吉君の鋭い瞳はこんなにも綺麗なのかと、全く関係のないことが頭を過っても視線を反らすことが出来なかった。
「…なぁ。俺に、跡部さんの代わりができると思うか?」
唐突で一瞬意味が理解できなかったが、きっと真剣な質問だったはずだ。
しかし、それはどういう意味で捕らえるべきなのか少し迷った。
それは、日吉君が跡部さんになるということなのか、跡部さんの後釜が自分に務まるかということなのか。
そういえば、テニス部のファンの子達が、次期部長は日吉君だと話していたのを思い出した。
「日吉君が、跡部さんみたいになるのって想像つかないね」
「……なんだよ、それ」
「だってさ、日吉君が指パッチンして『勝つのは、俺だ!』とか言ってるのイメージできないもん」
「そういう意味じゃねぇよ…。
…ったく、聞いた俺が馬鹿だった」
心底がっかりした風の日吉君は、丁度通りかかった別れ道を右に進む。
私の家は左の道の先にあるので、ここでお別れということだ。
日吉君もそれに気付いたのか、じゃあな、と片手を上げ右側の道に一歩踏み出す。
「日吉君、次期部長なんだよね?」
「…ああ?」
「部長頑張ってね。日吉君ならきっと上手くいくよ」
応援してる、と言えば、日吉君は少し驚いたような表情でこちらを見た。
夕日をバックに逆行で上手く表情は伺えないが、髪の毛にオレンジの光が反射してなんとも綺麗な色を放つ。
夕日に染まる日吉君の、右手にさげている醤油の入った買い物袋だけが異質の存在だった。
あまりにも絵になる光景だったものだから、この場面を切り取って写真に納めたくなった。
「……………そうか」
たっぷりと間を置いて、日吉君はクスリと笑った。
そして右の道を歩こうとしていた足をこちらに向け、なぜか左の道の方にやって来た。
どうしたんだろう、と首をひねる前に、日吉君が「家まで送ってやる」と言った。
一瞬幻聴かと思ったが、私を置いてスタスタと歩き始めた日吉君の行く先は左の道である。
「いやいやいや日吉君。君は送ると言ったくせに私を置いていくのか」
「トロいな。さっさと歩け」
「ちょ、待って」
慌てて日吉君に追い付き、少し高い位置にある顔を見上げれば、いつもしかめっ面の日吉君の口元がゆるく弧を描いていた。
「日吉君、もしかして機嫌いい?」
「…そうかもな」
20120502 執筆